ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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【惜別E217系】横須賀線・総武快速線E217系各編成の思い出と、最後に乗った時の話。付属編成Y-101編成、Y-102編成、Y-103編成。友情出演:Y-21編成、Y-35編成、Y-48編成

しばらく更新できていなかったE217系各編成の思い出回顧記事だけど、とりあえず忙しい中でも更新していかなくてはならないという謎の使命感で不定期で続きを書いていく。既に基本編成の大半は記事にしているが、そこからこぼれているものに関しては後日また記事にするとして、今回からは付属編成で書いていきたいと思う。しかしまあね、E217系廃車回送に向かいながら書いていると寂しくなってしまうものですわ。てめえの事情なんかいいからさっさと記事に入れ。こういう人間です。スリーツーワンGO!

 

ではY-101編成から記事を始めませう。

出会えたことまで後悔をしてしまう前に…いや、後悔はしないと思う。でも今思うと、素敵な電車のヲタクでいられたこと、それ以上にこんな素敵で歴史に残る電車で東京に連れて行ってもらえていたこと、とても幸せなことだと思う。当たり前すぎて、いなくなるなんて思わなかったよね。

 

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Y-101を最後に撮ったのってこれかな。出会ってからもう25年半経つね。無論私の最古の記憶が0ちゃいな訳もないし、初めての乗車を覚えている訳もないんだけどね。執筆日の時点では鎌倉車両センターの警備担当主任として旧塗装に戻って残っているこの編成、ワンチャン客寄せパンダで動態保存されないかな。キャーシュニンサーン!それ京急

まじめな話、一昔前なら可能性はあったと思うけど、昨今の東の電車にウジ虫みたいに湧いてくるミーハーのガキを見ていると無理だろう。このウジ虫野郎!このryは私が大学生の時にハマったドラマ「ブラックスキャンダル」の主人公のセリフ。テレビ局のプロデューサーという中国人未満のカスが社会的に死ぬのを見ていると、復讐は何も生まないなんて虚言が嘘だということを立証できてせいせいしたなあ(笑)

 

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Y-102編成。執筆日時点でも一応鎌倉車両センターにいるのでもしかしたらまた会えるかもしれない。というか会えたら嬉しい。でも悲しいかな、バカみたいに混むであろうそんな現場に行く気もない。最後に乗ったあの日のような空を見た時にまた思い出すことだろう。別にそれはこの編成に限らない。我々千葉県人の心にはずっとE217系がいる。その割に映画の翔んで埼玉には出て来んかったけどね。まあアレ常磐線だし…。

 

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令和5年にモノサクで撮影した同編成。E217系の置換えに関しては初期に廃車になった編成が比較的新しく、下手したら私さん(平成11年生まれ)と年を同じくして先に消えていった編成もいたのがまあ車検の理不尽さを感じた(それはお前の勝手だ)ものの、このY-102編成はE217系としての定期運用最後の花道を飾ることができていた。弟分たちが理不尽に思えないこともないというのはさておき、しかし古参のこの編成でもまだまだ経年30年と思うと、惜しいものだと思ってしまう。でもそれだけ状態が悪かったのかな。あいにく内部情報を教えてくれる俺のダチ(笑)がいないのでその辺に関してはわからない。ダチなんて言い方をしたり、何かとつけて女の子の友達がいるアピールをしたり、そういうマウンティング野郎って見てて痛いよね(笑)。まさか欅坂のメンバーになる人と普通に会ってたなんてな…って自撮りツーショット(笑)。どこに流してやろうかね。ちなみに私の師匠はそういう奴らの言う女の子が妄想の存在だって言ってました。納得。

 

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津田沼で撮影したY-103編成。確か先行試作車だった記憶はありつつ、しかし同僚の?Y-101編成とY-102編成より先に消えてしまった印象。停目も交わせないなんて将来が心配だ。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!!!!してこれは(めっちゃ華麗にスルーするじゃん)令和4年に千葉に帰省していた際の撮影。既にE217系の置換えこそ始まっていたものの、まだまだ沢山いたあの頃に戻りたい。過ぎ去った普通の日々がかけがえのないナントカだということがE217系からの置き土産なんだろう。まあこれ快速だけどさ。そういう問題ではない(笑)。電車が近づく気配が好きなんだ。

 

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その電車が近づく気配の結果がこれ(笑)。残念ながらバルブはできなかったが、しかしこのY-21編成に乗って千葉を離れて当時住んでいた名古屋に戻ったのもまた事実。そんなことどうでもいいけれど、E217系を撮ろうとしてE217系に被られる、そんなことももう二度とないと思うとやはり視界がぼやけてこないこともない。なんせE217系廃車回送のパパラッチとしてE353系の車内で酒を飲みながら書いている記事ですからね、これ。普段笑い上戸なんだけどね(笑)。Maxのラストランで涙したキモータヒッキーはやることが違う。

 

本当にいなくなってしまうんだな、E217系

実は今週に乗り納めということでグリーン車で酒盛りして酔いつぶれようと思っていたのだけど、あいにく情弱の私は3月8日でE217系が定期運用を離脱するなんて知る由もなかったので、その計画は私の記憶も含めてどこかに吹っ飛ばされてしまった。

3月2日、千葉→新日本橋で乗車したのが最後だった。この時さ、1本前の快速に乗ろうと思ってたんですよ。でもすっとろい私は目の前で乗り逃がして、して次の快速がこれだからラッキー池田って思ってたんですわ。これがもう狙わずに乗れる最後になるだろうって思ってたんだけど、結果として最後の乗車になってしまった。

 

最後に乗車できたのはY-35編成なんだけど、逗子方前4両はこの記事でも触れたY-102編成だった。執筆日の時点でE217系は既に基本・付属の各編成において連結を解いているので、そういうことなんだろうと思っている。撮り鉄の分際で何をほざくかって話にはなるが、東京に行くときの電車はE217系だったから、なんか今日ここまで来る時もE217系と1本もすれ違うことがなかったのが何とも言えない悲しく寂しい気持ちになる。

 

この時も、E217系と共に過ごしてきた大半の時間である未成年だったあの頃は飲めなかったアルコール片手持って、今までの忘れられない思い出を色々と思い出していた。この日は本当は船橋で快速を乗り捨てて西船橋から東西線で移動する計画だったんだけど、でもE217系だからって思って新日本橋まで乗ってた。結果として乗り納めになってしまったが、まあよかったんだろう。じゃなかったら、最後かもしれないと思って乗れないままお別れだったかもしれないし。

 

重ね重ね千葉方の基本編成なので既に振返った編成で申し訳ない。次に乗る時は乗り納め、グリーン車でしこたま飲んでやるから待ってろ!そう思っていた数週間前の私はぶっ飛ばしたい。

 

佐倉に育った私にとって、E217系は東京に連れて行ってくれて違う景色を見せてくれる電車であり、父方の祖父の家に行く時なんかもお世話になった電車でもあった。佐倉を離れる時にも乗ったし、佐倉に帰省する時も沢山お世話になってきた。それ以外でも、数え切れないほど乗ってきた。正直いなくなるなんて思わなかった。そんな当たり前の電車だからこそ、わざわざ乗り納めでノコノコと出向くよりも、こうしていつも通りの足としてお世話になれたことは、ある意味では今まで足として沢山お世話になってきたそれらしくてよかったのかもしれない。E217系は特別な存在であるが、でも特別ではない、いつでも総武快速で乗れる、いつもの電車。そんな固定概念も変わっていくことかと思いつつ、そんな別れ方も悪くはないだろう。忘れられるわけもないんだし。

思えば千葉を離れていた6年近くの間にE217系の置換えが始まった訳だけど、いつものこの時間の電車がE217系だと思って乗っていたのに気づいたら共通運用どころかE235系の固定運用になっていたなんてのもあったな。あれ地味に寂しくて悲しかったな。そんな記憶も、5年もしたらどこかに行ってしまっているんだろうか。

 

いいじゃん、俺にとってのいつもの総武快速線E217系なんだから。あのちょっと暗い普通車の車内、鉄板に布貼っただけのクソ硬い割にあんまり腰痛持ちの腰に優しくない訳でもない座席、特別な時にいつも乗ってたグリーン車。唯一無二の電車として、まあ東海道線転属や湘南新宿ライン運用はさておいても、私が生まれる数年前から総武快速だったE217系なんだから。当たり前だったE217系に最後に乗ったのが普段使いの足としてってのも、また一興だろう。

 

いい電車のヲタクをできた、というよりは、こんな素敵な電車が普段使いの足として活躍してくれていたことが何よりも嬉しく、またヲタ冥利に尽きると思う。願わくはもう少し撮りたかったが。ありがとう、E217系。まあ改正後にしれっとゾンビみたいに復活したらそれはそれでウケるけどね(笑)。でも本当にありがとう、私の人生に欠かせない電車の1つであり、私がE217系を好きでいられてよかったと思ってるのは事実。さて、この記事を書いているのはY‐34編成の廃車回送特急かいじ31号で追っかけている最中だ。果たして甲府で追いつくことができるのか、乞うご期待!

 

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