さて、今回も令和5年8月の千葉帰省の記事を書きなおしていこうと思う。いやー、まあどうせなら当時から苦手意識のある人種を切っておけばよかった。まあそれに関しては「こんなタイミングで恨みつらみ言われるのは辛いでちゅ~!」と当人ならびにその周辺がヒスを起こしてしまいそうなので割愛。そのうちの1匹にタダで居候されていた名古屋市天白区原の家からまた千葉市の実家に帰る時の話だ。なお居候の当人に関しては既にお亡くなりになっている。やったぜ!

当時の帰省において定番ルートだったのは鶴舞線→鶴舞→中央線→名駅→新幹線だった。こちらは315系C14編成、なんか久しぶりにJR東海の電車も撮りたい気がしてきた。12月中旬に半ば不本意な理由で名古屋に行く用があったけれど、その時は名鉄しか撮れなかったので、もしまた名古屋を訪れることがあればその際には是非ともJR東海の電車も撮っておきたいところだ。
あとはアレだね、学生だった俺が学業やバイトに勤しんでいる中で無賃居候していたクズの承認欲求のために逐一LINEで遊んでいる報告が来ていた(うっぜ)うちの1つでもある矢場とんの味噌カツに関しては食べに行きたい。いや~ね、結局俺もこんなブログやっている以上は偉そうなことを言えないとはいえ、しかしまあ仮にも社会人が仕事飛んで学生の家に居候してびた一文落とさずにアレだからね(笑)。育ちがいい人間なんだろう。大丈夫、俺も冗談で言ってるだけだからさ(笑)。あのゴミや取巻きと縁が切れた令和6年に万歳。

名駅で新幹線が撮れる訳もないのになんか撮ってて草。まあね、大学院生2年生の夏はバイトの連勤の合間にこうして実家に帰ってたしね。結局大学院は中退しているので、まあ入学金にしろ授業料にしろ無駄だったとは思っている。せめて居候に踏み倒された家賃半月分と水道光熱費と利息があればなあ!もうやめてやれよ(笑)。またヒスって唾飛ばしながら脅迫してくるぞ。あ、冗談だから(笑)。冗談冗談(笑)。冗談で俺のことバカにしてたんだし、こちらも冗談で返さねえと(笑)

乗っていたのはのぞみ422号。号数からして臨時なのがわかる。東海道新幹線は需要に応じて大変柔軟に臨時列車を設定しているのが好印象だけれど、しかしコロナ禍に「余裕を持った座席数の提供を~」なんて謳いながら実際はソーシャルディスタンス(死語)の欠片もないレベルで混んでいたこともあったけどね。まあ実際に東海道新幹線も民度はやばいからなあ。
とはいえ平気で房総特急を減車したどっかの会社と支社よりはJR東海さんの方が全然信頼できるのが事実。東日本さんのイケイケで革新的な姿勢自体は好きだけど、最近なんか違う気がする。せっかくの全席指定化をやーっとやってくれたかと思えば減車だよ減車。お前らそんなに金がないなら役員の給料でも切っとけ。

自腹なのでグリーン車で行こう。これはN700Aだろうか。何だか知らんがとにかくヨシ。隣に赤の他人がいるぐらいなら数千円多く払った方が余程いいし、当時は10号車に喫煙ルームがあったのも相まって、これが正解だったと思う。偽物覆面で他人にケガさせた気持ち悪い警察マニアはママのお金でグリーン車に乗って遊び呆けていて羨ましいが、今回はそれは関係ない。

適当に撮っていたと思われる車窓。東海道新幹線というとどうしてもビジネスライクに感じられてしまうこともありつつ、私がお世話になっていた数年間は車窓自体が変わらないとはいえ、その時々だからこそ見られる景色があったのではないかと思う。もし私が仮に10年早く生まれていた場合、なんかコロナ禍に10万で1日乗り放題みたいな切符があったけど、あれで新幹線車内をオフィスにして休みの日に記事を車内で書きまくりたい人生だったなあとは思わないこともない。

これは浜名湖だね。もう長い事見ていない気がする。うなぎ食べたい。

これはどこだろう。きっと当時の私は喫煙所から「脳内BGMはこの空がトリガー」なんて思いながら撮っていたのだろう。アホか(笑)。でもあの曲マジで好きなんだよな。ミュージックビデオを何回見ても見る度にいろいろな解釈や考察をしてしまう。

新富士が近づく。しかし夏という季節も相まってか雲の関係で富士山は微妙か。

新富士通過ちう。こういう日もある。傘がなくたって走りたい日もある。それは欅坂46の「世界には愛しかない」だね。従兄弟と某メンバーが同級生で実は卒アルも見たことがあるんだけど、それをめざとく嗅ぎ付けてクレクレしてきたネトストってまだ俺のブログ見てるんかね(笑)。平成30年の千歳の航空祭に関してもネチネチ言われていたし、既にFF外になって1年経っていたのにカマかけて鍵にしたのを目ざとく見ていたし、控えめに言ってアンタやばいよ(笑)。内通者には感謝している。

うーむ、富士山は見えないな。そういう日もあるよね。

見えないこともない…?まあでもいいか。千葉に帰ってきた今、千葉市からもその気になれば富士山が見えない訳でもない。私が推している持統天皇を主人公とした漫画「天上の虹」において、持統天皇が初めて富士山を見たのが三河国だったっけか。

持統天皇が見ていた富士山を平成に生まれて令和の今を生きる私が同じ山を見ていると思うとエモい。
新幹線は品川で下車。時間帯がちょうどいいので、品川から成田エクスプレスに乗っていこうと思う。
それがこちら。あれ、なんかこの年だかその前だかにクチャラーがドヤ顔でE259系が255系の一部運用を置換えるなんて唾飛ばしながら抜かしてたっけか(笑)。唾飛ばすなって。実際この時点でもE259系の塗装変更は進んでいたけれど、この時はまだ大半の編成が本来の塗装だった。だからちゃんと撮れっての(笑)

この時は久しぶりのE259系乗車で嬉しかったのを覚えている。俺も遅刻しそうになった時にE259系で職bおっと。それはさておき、かつての敷居の高い成田エクスプレスが千葉停車の拡大等を経て千葉市民や佐倉市民にも使いやすいようになっているのは嬉しいところ。その調子でJR東の特急車両不足を余剰車で解決して、しおさい・わかしおの最混雑便ぐらいは増車して長い目での増収を目論むぐらいしろよとは思う。もともとJR東の革新的なやり方が好きな私も、流石に特急車掌削減に関してはマジで擁護する余地も価値も何もない。敢えて言おう、カスであると。

東京では後から来た新宿編成の連結のために少々停車する。今思えばこちらのE217系快速に乗ってもよかった気はしつつ、しかし何が正解だったのかはわからない。後ろ4両はY-112編成だった。

E217系がいるのが当たり前だったのにと思うとやはり寂しい気持ちになる。それこそこの頃は当たり前にいたんだけどね。E217系を置換えたE235系1000代を嫌いになることはないとは思いつつ、しかしE217系並の熱量を注ぐことができるかと言われたら…微妙かなあ。何だろうね、結局好きだった車両の後継を嫌いになるっていうことはないんだけど、同じぐらいの熱量を注ぎたくなる車ってあんまりない。多分。例えば私の原点たる都営5300形の後継である同5500形とか、それこそE217系の後継であるE235系1000代とか。決して嫌いではないんだけど、同じ熱量を注げる自信は現時点ではない。
とはいえ、いずれ思い入れが積もっていけばそうも行かないので、いずれE235系1000代の置換え時期になったら今の私のE217系への論調で似たようなことを書いているのではないかとも思う。それまで生きていたらだけどね。

連結待ちちう。このロゴも塗装変更で消されてしまったのがとても残念だ。E259系がいずれ引退するときにはリバイバルに期待したいが、その時も大半のしおさい号の運用は持っているだろうからまあ無理だろう。それにしても253系のうち0代の大半は18~19年で大半が廃車解体されてしまったのに対して後継のE259系は今年10月で16年目になると思うと、大半の253系は短命で不遇だった印象を受けないことも無い。

東京での日常だった連結待ちの1枚。やはりこのロゴが懐かしいしとても似合っていたと思う。253系にも乗ったことはあるが、やはり今となっては成田エクスプレスといえばこの塗装のE259系だったように思える。253系は0代の集団見合い式の真ん中の向かい合っている席だけ家族で乗ったことがあって、2ビルのみどりの窓口の駅員さんが「4人とのことですので、よろしければ確保いたしますがいかがですか?(ニコ)」と抑えてくださったのを覚えている。駅員さん、その節はありがとうございました。あとなんか253の座席は柔らかかったような気がしなくもない。

連結を見守って、もといパパラッチして再び乗車。
E259系自体は歴代の千葉県を走る特急の中でも最高の居住性であることは間違いない。コンセントとWi-Fiを差し引いても最高の車両。だからこそ6両単独での着席定員でしおさい号の大半を置換えたことはやはり残念。せめて成田エクスプレスに後継車両が入っていたら、そう思ってしまう。

千葉で降りました。そりゃまあ実家も今の家も千葉市内で千葉駅から歩けますんでね。もうこの本来の塗装でのE259系を見られることがなくなって久しいし、何なら現行塗装でのE259系を撮った記憶ってあんまりないけれど、E259系は本当にいい車両。グリーン車にも早く乗ってみたい。E259系にただ一つ文句を言うのであれば、それは特急しおさい兼任による結果としての減車等ではなく、やはりメインが成田エクスプレスである以上は民度が終わっていることだろう。流石にそこでJRさんを叩くのは違うのでアレだけど、でもまあやばい。あと成田エクスプレスみたいな初見祭りの特急の車掌さんを1人乗務させてんじゃねえよ(笑)

ここからは翌日以降の撮影。この時ってどうして船橋で撮ってたんだろ(笑)。当たり前だけど黄色い線の内側にいた俺にケチ付けてきた助役だかなんだかもいなかった(笑)。いやね、あくまでも撮らせていただいているパパラッチな撮り鉄でなくても、普通に常識的に考えて、人としてやはり社員の方にご迷惑をおかけしてまで撮るのは間違っているとは思うんだ。でも、ってことだよね(笑)。普段現業リスペクト論調の私がこうして書くというのはそういうことだ。

乗ってきたのはE235系1000代だった。ああ思い出した、またこの時も面倒なのに絡まれていたっけか。あれがなくなって半年以上が経つが、精神的なストレスの9割がなくなってとてもいい。今まで我慢していた不平不満もこうして記事でいじれるし、名言も沢山いただいている訳だし。某氏いつまでもそんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁああああ!!!

山手線での活躍もはるか昔のことになりつつある、E231系500代の黄色い総武線。千葉県にいらっしゃいませ。それが三鷹車両センターの電車に対して書くことかどうかは知らん。でも転用第1本目のA520編成を見られた時は嬉しかったなあ。そのン十分後に公立後期入試に落ちたのはさておいて。
結局滑止めだった高校に進学した私だけど、そこの同期と今も仲良くしてもらっているあたり、あの高校に進学してよかったと思っている。そしてそれと同時に、山手線E231系500代のラストランに際してヘッドマークを掲出していたことかと思うが、乱入(笑)で社員の皆さんのお気持ちを踏みにじったクズ共は死ねばいいと思っている。ああもう死んじゃったのね。ヨッs、いえ心からご冥福をお祈りヤッター!お前は人命を何だと思ってるんだ(笑)

平日だからこそ見られる東西線車両が津田沼~西船橋に乱入してくるアレ。多分まあ三鷹行だろう。小学生から沢山勉強してきて、その結果として鉄道敷地内に入っても罪に問われないとか、何なら「オレ乱入した」といった唾を飛ばしながらの武勇伝を残せるとか、そういう天才的な勘違いをしてしまっている痛い鉄キチからしたら「電車も乱入しているから俺も乱入する」みたいな思考なのだろうな。ウケる(笑)。私は頭が悪いので、そういうことできないっすわ(笑)。15114Fが新車だった頃にもそういうのっていたのかねえ(笑)。

色々と離合している写真。まあ向こう10年の総武線はこうなるんだろうな。

05系とE259系が離合しているってのがもう新鮮だった。両方とも定期運用なのでいつでも見られるものではあるのだけど、でも何だろうな、05系に関してて高校通学でお世話になった思い出が強いもんで、やはりそこで色々と思い出して書きたくなることも多くなってしまう。脳内BGM:この空がトリガー

この並び、まあ定期的に見られるとはいえ、なんか撮られる時に撮っておいてよかった。E259系は先述の通り塗装が変わってしまった訳だし。

柵がE217系に被ってしまったのが残念だ。黄色い総武線もコンスタントに写真を増やしていきたいところ。そういえば令和5年度の帰省に関しては品川から総武快速線(品川の時点では横須賀線というマジレスは要りません)でE217系に乗ることが多かったのだけど、千葉行終車をはじめ、数々の運用があれよあれよとE235系1000代に置換えられていったのが寂しかったもんだった。

Y-132編成は最後の1年を過ごしていたところ。2編成ともそこそこ近い時期に廃車になってしまっている。E217系が遺した功績は決して小さいものではないと思うが、鉄道博物館は無理でもどこかしらに保存されてほしいと思ってしまう。それはそこに思い出として残してほしいという私個人の気持ち、鉄オタとしてE217系も後世に遺しておいて欲しい一種のレガシィのようなものだと思っている。スバル車のレガシィではなくてね。あれか、警察マニアからしたらBMレガシィぐらいしか興味ないんだろ(笑)。あとはまあVAGか。レヴォーグって知ってるのかね(笑)。
知らないのが悪いのではない、車好きを名乗るなということだ。未だに青森・埼玉・高知に配備されているスバルWRXの覆面をS4(VAG)ではなくSTI(VAB)と勘違いしているのがいるのが最高に面白い。いや確かにVABの覆面なんて出ていたらエモかったけどね。最後のEJ20を積んだ覆面ってのもだし、まあVAGでも十分に速いとはいえ、VABの加速からは逃げられなさそう。220系クラウンの3.5LのV6+ハイブリッドの加速にも余裕で噛みついていけるからね、VAB。
後ろのE217系はこのY-21編成だったのかなあ。Y-21編成は翌年2月末に廃車回送されてしまった編成。その撮影すら遥か昔のような気がするけれど、この時の写真は当然それより前とはいえ既に遥か昔のことに感じる。

表示負けが残念だが、こちらも三鷹車両センター所属のE231系800代。なかなか見かけることのないレアキャラだと思っている(当社比)。画像詳細で書いた通り、こちらの電車の種別は「快速」。総武緩行線を走る地下鉄東西線経由の快速三鷹行。
一見なに言ってるかわからなくなるが、普通に定期運用。なので津田沼~西船橋では緩行線にも急行線(総武快速線)にも快速が走るということになる。もっとも、東西線直通のこの快速が東船橋を通過するかと言われたらそんな訳もなく、西船橋は快速が停まらないから!って西船橋を通過してしまったらJRから東京メトロへの乗務員交代もできないので、快速とは言いつつJR線内は各駅に停まる。あと中央線区間も…って思ったけどそもそも快速は中野から先は各駅停車だったね(平日に限る)。

快速三鷹行。なんか中央線ではあってもおかしくなさそうだね。個人的に東西線の快速は中野行と東葉勝田台行のイメージが強いので、なんか新鮮だなと思って撮影したのは覚えている。

255系のしおさい号。執筆日時点ではBe-03編成が1編成だけ幕張車両センターに残っているが、今後もう二度と営業運転を行うことはないだろうと思うと寂しくなる。思えばBe-05編成以外の廃車回送はやたらと都合が合わずに行くことができなかったが、せめてBe-03編成に関しては撮りに行きたいと思う。
255系といえばもう1つ、元から嫌いな奴と縁を切るためのトリガーも思い出と共に残してもらった。まあキチを演じるのも疲れたもんだったけど、しかしアレは最高のチャンスにして最大の機転だった。結果として1人で255系の乗り納めをできたのはよかったが、あのグリーン車はもう一度でいいから乗りたかった。某氏元から嫌いなんて書かれると困るんだよぬぁぁぁああああ!!!

A552編成の中野行。東西線直通も千葉駅まで来てくれると大変便利なのだけど、まあないだろうな。黄色い総武線は実は私の中で最古の記録(1ちゃいの時なので当然201系だったし、そもそもE231系500代が製造すらされていない頃だけど)なぐらいには私も千葉県の人間なんだなあと思った。他のあの時の記憶って何歳の時のどんなタイミングだったんだろうって時々思い出すけど、まあ思い出したところで何にもならないんだよね。

いい感じに暗くなってきたので流石に帰ろうと思う。比較的暑がりな私だが、E235系は冷房の効きが強すぎず弱すぎずちょうどいいと思っている。なお大回りで移動していたので、もちろんこれには乗っていない。ちなみに前にも記事でガッツリ書いているのでアレだけど、この年の誕生日のうち夕方から夜は最悪だった。行きたくもないラーメン屋に連れていかれ、無理くり撮影に付き合わされたかと思えばマウンティングのオンパレードだったからな。誕生日を祝う一言すらなく。ウケる(笑)。
西船橋から武蔵野線に乗換えて京葉線の写真でも撮っていこうと思う。無論狙いは255系とE257系500代、だったのかは不明。覚えてない。
武蔵野線の電車に関しては南船橋方面だと京葉線海浜幕張までしか来ないので、まあ海浜幕張で乗換えとなる訳ですわ。蘇我まで来てもいいと思うんだけど、運用と車両数の都合なのかなあ。8両だとまあってのがあるとも思えないし。

適当に撮っちゃったけどケヨ34編成が来て草だった。

NB-16編成っぽい特急さざなみ号。千葉市民になってから蘇我経由で帰る時は数回ほど乗ったけど、全席指定になっても5両が適切な輸送力で推移している印象。運用の都合上、令和6年春改正から6月末までは1往復のみ255系が充当されていたけれど、まあ空いていて大変よろしかったものだった。しかしこの撮影は令和5年夏、まだJR東日本と千葉支社が京葉線関連で大炎上するなんて誰も知らない。これがほんとのJRファイヤー(笑)

まさかこの数か月後に京葉線が燃えるなんてな(笑)。中央線が変わる、ならぬ京葉線が燃える、ってか(笑)。申し訳ないけどあれは馬鹿だ。通勤快速の需要については絶対にわかっているだろうし、その代替とも言えよう特急を何故通勤快速廃止と同時に減車したのかって話。車両が足りないとか経営の都合とか知るかよ。一緒にやったところで受け皿もなくなる訳だろうが。
んで今度ははなんだい、車掌1名乗務のために9両特急すらやらないって噂が本当ならもうマジで信用失うよ(笑)。千葉支社と本社がいかに千葉県をバカにしているかってよくわかるよ。申し訳ないし、正直なんだかんだで東が好きだからここまで書きたくないんだけどさ。でも房総特急の減車はダメ。せっかく全席指定にしてくれて安心できたと思ったらこれだもの。

と偉そうな口を叩いては見たが、なんか肝心の255系でこれかあ…と思ってしまう。まあ夜間の撮影は苦手だし、とだけ言い訳して逃げておこう。単焦点買えぶぁあああ?(笑) そうだね、じゃあうちに居候していた時の家賃水道光熱費と翌年に配給追っかけにタダ乗りしてきた時のレンタカー代、ガソリン代、高速代、それぞれ半分でいいから出してほしいなあ。半分でも5万円超えてるっていう(笑)。5万でも帰ってきたらいじるのやめてやるかもな。

蘇我に来た。こちらは10両で運転されていたわかしお号。車掌1名乗務により成田エクスプレスを除いて房総特急において5両・6両のみで運転するという説が本当の場合はE257系10両も二度と見られなくなることだろう。正直E257系5000代のうち2編成を常駐させる形で混雑の平準化を実現してくれないだろうかと思っていただけに、改めて失望しかない。ハイハイ房総の魅力房総の魅力(笑)。

この10両編成での着席定員は612名。私のデータにおいては夜間最混雑列車の(現行ダイヤでの)東京18時発わかしお13号・東京19時発の同15号は6月の調査で多くても400人程度の乗車だったのを確認している(350人前後だったかな)ので、E257系10両では若干輸送力に遊びが出るものの、5両では足りていないということになる。実際ほぼ毎日、通勤時間と被る特急わかしお号は満席またはそれに近い状態で運転されているという。なんかなあ。

いつかまたE257系500代の10両が見られることを願いたい。JR東日本の次の新型特急は経年だけで考えたらE653系の後継となる訳だけど、どの形式を置換えるにしても波動用車両の増強と房総特急の適切な輸送力の実現に期待したいと思う。しているとは言ってない。
なお投稿予定日は3月11日、まあ敢えて書くことではないかもしれないが、そういうことだ。二度と同じような災害が起きないでほしいと一人の日本人としても一人の東北生まれとしても切に願う。当時の私は小学校5年生で、6時間前が始まるのを待っていたところだった。弱冠11歳だったが、死ぬのかって思ったのは今でも覚えている。
執筆 1月28日
