おはようございます。17日、一昨日の記事に引き続いて新子安での各線撮影の記事です。メインはE257系…といいつつ、普段千葉に籠っている私からしたらそれはもう全て新鮮なので、まあウッハウハで撮る訳です。なお横須賀線の普通列車と成田エクスプレスに関してもそうなのかい?と言われると都合が悪いので答弁を控えさせていただきます。永田町の汚い売国奴の政治屋と同じようなことを冗談でも書いてしまった自分が嫌になる(笑)。いやブログでは基本的に政治の話はしたくないけど、たまには国民の敵をオモチャにしてもいいでしょ(笑)。名前は挙げないけど、一部の政治家は外観誘致で死刑になってほしいぐらいだもの。

さて、前回はこのサイ115編成で終わっていたと思う。京浜東北線のE233系、先代の209系よりも京浜東北線での活躍歴が長くなりそうなのが草生える。数年前に報道のあった通りにもし仮に京浜東北線と横浜線に新型車両を入れると仮定した場合、横浜線はE235系でいい気がする(鎌倉車両センターでは既にE235系の取り扱い実績がある)けど、京浜東北線はどうなるのかが気になる。E237系?でもなんか当面は使いそうだよね。

撮れるものを撮れる時に撮っておけばまあいっかの精神。やる気出せや(笑)。JRに限らずもっともっといろいろと撮りたい。京急もそう(この後撮るじゃん)だし、京成の日常もそうだし、無論JRもそうだし、東武もまた行きたいし。やっぱ本体の俺に仕事と記事を任せて、AIで作った俺に毎日電車を撮ってきてもらいたいぐらい。身体足りないよ。いや、うん、そうか。

続いてE231系1000代の小田原行。DQN風に言うと「おだわら」ではなく「おだーるぁ」となる。なるのかよ(笑)。
なお、そういった類のDQNの真似をして巻舌をしたところ、およそ1年ほど前に「佐倉育ちは期待を裏切らず育ちが悪い」と罵られたことがあったが、その発言元も死んでしまったことだし記事を前に進めよう。立ち止まらない、振返らない。インターネッツではなく現実の世界でもネタをネタと捉えられず、また冗談でも言っていいことと悪いことが付かない人でも育ちがいいと自覚できるなんて、羨ましい限りだ。そんな奴が最高のピン電という意味不明な評価をしていたこの形式だが、私は前述の通り普通に好き。

続いてはしおさい…おっと失礼、東京で分割した大船行の成田エクスプレスでしたね。いや~これはこれは失礼をいたしました。E259系も好きなんだけどね。なお新宿行の18号はE217系の廃車回送に際して度々お世話になっていた存在。それについてはまたE217系追っかけのフルコース記事を出す時に言及したい。例外もあるが、基本的に東京以西ではE259系が6両で走っていても何らおかしいことはない。それはそうと、例のE217系追っかけフルコース記事、いい加減に出さないとな。

引きで1枚。そういえばかつてE259系は余剰を活かしてマリンエクスプレス踊り子なる臨時特急をやっていたこともあった訳だけど、今思うとあの頃みたいな余裕が東の特急全体にあればいいのになと思ってしまう。夢語れJR。増車してJR。いつも~希望は~東から生まれるんじゃないのかよ。
なお年末年始の在来線特急に関して、唯一房総特急のみが前年比を下回っていたという。これは全席指定化は間違いなく関係なく、ただ単に減便減車が最大の原因だろう。当然の結果だと思う。逆に全席指定にしたところで乗る客はいるのだから、そこからどのようにして座席数を増やしていくかが課題だろう。千葉支社にそんなやる気があるかどうかはさておき。いや、あ、ありますよね(笑)。房総の魅力の発掘だもんね(笑)。

なんて皮肉を書きつつ、これまたやる気もなく撮ってるのがもうね。まあ撮らないよりは(以下略)

大船行のE233系1000代。個人的には今、横浜線の6000代をめっちゃ撮りたい。カラーリングが好きなんだよな。無論京浜東北線のこの青も綺麗なんだけど。

同系3000代の平塚行。湘南色もいいよなあ。もし仮にE233系が房総に転用された場合、3000代オマージュで113系マリ117・S62編成よろしく湘南色が見られる可能性は無きにしも非ず…なのかもしれないけど、既にここで見られているものをリバイバルする意味の方がないか。どうせ荒れるだろうし。自分でも何を書いているか今ひとつわからない。寝不足はダメですね。

やる気すら感じられない横須賀線。せめて東海道線の線路で来てくれたら、というかE235系1000代を東海道線側で撮りたいまであるけど、冷静に考えたらそれってSM分離を全否定することになりかねないからダメか。SM分離について今更このブログで開設する必要もないとは思うが、アンサイクロペディアのそれの説明は少しだけ笑った。アンサイクロペディアを敵視するつもりはないが、当ブログはそれ以上に面白いブログになれたらと思う。あとアンクロの京成回に俺の写真を無断転載した劉禅とかいうヒキニートね、まあ多分来年の記事でいじくり倒すことになりそうだけど(1月にそれ書く?)、本人には是非ともそれを楽しみにしていてほしいものだ。

磯子行のサイ118編成。現時点でのE233系1000代のコンプ率ってどうなんだろう。ここ最近は過去画記事の作成もあるほか、普通に本業もあるのでなかなかそこの確認もできないのがアレ。前の記事でも書いたかもしれないしこの記事で書いたのかもしれないけど、やはりブログ用の撮影担当としてクローンが欲しい。私は本業とブログ作成に専念したい。いや写真も撮りたいんだけどね。

さて、本命たるE257系2000代の踊り子が来ました。被ることも無く撮影出来て何より。まあなんか側面が薄い気はするけどね。レッツ電車で運試しの最先鋒を行くE257系の表示に関してはとりあえず表示勝ちでイッツオーライ。でいいのかな?これがあずさ・かいじのそれなら許せるんだけど、何だろう、ただのアルファベットな上に色合いからしても目立たない踊り子・湘南・回送等のそれはなんか残念な気持ちになる自分がいる。とはいえ、運ゲーだと思ってファインダー越しに内心楽しんでいる私がいるのもまた事実。あ、このタイミングこの速度では…やっぱり負けたー!みたいにね。絶対にギャンブルはまりそう。

E257系の表示の勝ち負けで賭博をやったら多分楽しいと思う。やらないけどね。賭博罪ってあるじゃないですか。まあ仲間内でやるなら逮捕までは行かないのだろうけど、でも一応は不法行為の構成要件を満たす可能性もある訳だからね。ところで、勘のいい皆さんは差分として引き続き表示勝ちした写真を貼った理由に関してはお察しいただけると思う。
なおNA-04編成は元M-104編成。一応写真は撮っていたんで、いい機会なので皆さんにも0代当時のことに思いを馳せていただけたらと思う。そうか、そろそろE257系0代の定期運用終了から6年か。早いもんだ。まさか5000代が出るとも、まさか255系の置換えを度外視してまで当時は余剰が出ていた500代が計9編成も大宮支社にパクられるとも、まあ思わなかったよね。

実はあんまり0代の時の写真がないあたりもうね。せっかく定期運用終了まで中央線にいたのに。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁぁぁ!!!!!ちなみに何故か一時期東大宮に疎開して、M-105編成かM-107編成とトレードされていたことがあった。でもその時は日本にいなくて撮れなかったけど。

そんなNA-04編成は0代時代に比べると圧倒的に2000代になってからの遭遇頻度が高いのが謎な編成。いやそれは俺にしか関係ないけどさ。これは授業を抜け出して急いで撮った時の写真でアレだけど、フル点灯ハイビームはさておきカーテン全閉と連結器カバーで出場とお分かりいただければと思う。皆さんは連結器カバーはアリとナシどちら派でしょうか。よかったら教えてくださいね。令和元年秋の撮影で、実は長野総合車両センターで改造された2000代の中で最初に自走で出場した編成となる。1回目は不完全塗装のNA-09編成で配給輸送、2回目は残工事無のNA-10編成ではありつつも配給輸送、3回目がNA-04編成だった。

こちらは令和4年、ちょっと色々と病んでいた時に小田原で撮っていた湘南上がりの回送。国府津にでも引き上げていたのだろう。三脚を使用しての撮影となります。冬はバルブの季節ってはっきりわかんだね。久しぶりに2000代のバルブもしたいものだ。機会がないけど。そういう意味では、名古屋に住んでいた時は湘南・踊り子に時間を合わせて帰省することができていたのはよかった。撮影だけでなく、乗車もまたしたいものだ。
閑話休題。表示勝ちのまま終わりたい。絶対表示変えないで。うわキモ!だから俺の推しにクソリプすんじゃねえよ(笑)。さなぼいすを何だと思ってんだよ。明後日のお話会(この記事の執筆は1月9日)にいたらマジで最悪。顔知らねえけど(笑)。それはさておき、そのままの君でいて。

いてくれなかった(笑)。しかしファインダー越しの私の世界(笑)でこれはもう本命の切り位置で負けると読んでいたので、そういう意味ではある意味私の勝ち。本音を言うと撮りたいものを撮っているのに勝ち負けでフガフガしているのって普通に精神衛生上いくないと思う。撮りたいものを撮るだけだよ。

東神奈川から入っていたので、電子計算機使用詐欺罪にならぬように一旦改札を入りなおして再入場の後、横浜まで乗っていく電車の写真を撮って撤退。横浜まで戻った理由は2つ。1つは喫煙所があることと、もう1つは久しぶりに京急の快特に乗りたかったこと。

まあ結局乗ったのは特急だったんだけど、608編成だったので耳は幸せだったし、青物横丁で普通車に乗換えができたので、まあいいだろう。揺れなかったとは言ってない。608編成は三菱製のGTOを搭載する8Fで唯一音色が異なるのはさておき、やはり10年前の改正で復活した81H=京急車の京成本線内快速運用の初日に充当された思い出が印象深い。

次回予告ということで少しだけ。枚数が前回に比べると薄いかと思ったのだけど、思いの外字数で何とかなった。内容はないよう。先述の通り横浜→青横は特急、青横→北品川は普通車で移動した後に、9年ぶりの北品川で1時間程度油を売っていくことにした。一緒にお腹の脂肪も換金できたらよかったになあ(慣用句にマジレスすんな)。これ以上太りたくないが、しかしこの1か月で4キロの減量に成功したので、年内に50キロ代に戻れたらと思う。電車の話してくんない?

最近は相性がいくないのかめっきり遭遇していなかった9808編成が快特として上ってきた。あれ、北総車の運用は日中は特急になったのでは…と思ったら、この運用は青砥~羽田空港のアレ。その辺に関しては次回記事で運用についても含めてじっくりと書いていきたいと思う。
撮影 令和7年1月8日