ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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撮り納め、撮りはじめ。E217系で行く忘年会と、E257系で行く初日の出(0番台の写真の回顧も含む)。臨時特急「犬吠初日の出」。

おはようございます。やっと今年の記事になりました(白目)。なお今年5月以降は8~9年前の過去画での記事も書いていくつもりなので、まあこうしてタイムラグだらけのブログとして続いていくんだろうと思います。

という訳で、まあ去年11月に書いた記事で新年のご挨拶をさせていただいておいてなんですけど、今年もよろしくお願いします。もうこの記事出る時は2月になっているんだけどね。

 

本題。まずは撮り納めの話。撮影は12月28日土曜日、令和6年最後の休みの日。この日は錦糸町で忘年会の予定があり、それならば千葉まで歩いて総武快速線で行くのが一番合理的だ。錦糸町には18時に着けばいいのだが、そうなると千葉の場面ではE257系500代の新宿さざなみ号または総武快速が最善の選択となる。流石に千葉→錦糸町で特急に乗るのはなんかアレだし、チケットレスで660円出したところで記事を書き進めることもできないだろうし、だったらもう快速でいいか。217と257なんてこれはまた贅沢な選択をしたものだと思う。

ハロー。いやグッドイブニーングか。どっちでもいい(笑)。去年の7月あたりの記事を見ていると、この時間帯でもまだ明るいので(当然)E217系も撮り放題だったのになあと思ってしまう。組合資料にて改正以降はE217系を使用する予定がないと出たが、その一方で基本・付属共に2編成が改正時点でいることになっている。これが予備車として残るということなのか、はたまた改正後は一切使用せずに全廃となるのか。個人的には予備として残してもいいかと思いつつ、結局は651系1000代や255系と同じ道を辿ってしまうのだろうと悲観しているのが本音。撮影会ぐらいはやるんだろうけど。

 

4612F→1612F 快速久里浜 Y-140+Y-37

千葉で地下鉄構図ってできるんだなあって今になって思ったのはここだけの話。年末年始は稼ぎ時なのでなかなか電車を撮れない上に、そもそも12月はマジでロクに何も撮れなかったが、E217系に残された最後の3か月をしっかりと追っていきたいと思う。もうこれ以上新しく開拓できる場所ってないんだけどさ。どうか予備車として残ってくれたらと思うが、どうなることだろう。

 

まあ、令和6年の撮り納めがE217系だったのはよかった。その代わり乗り納め(大晦日)は京成にしたけどね。というか、残業してたらめっちゃ遅くなって、普通に京成3012編成の車内で年越したけど。それはさておき、こうして丁度いい時間帯にE217系が来てくれることも最後だったのかもしれない。案外そうでもないと思いたいが、それでもってこと。次の配給はいつだろうか。私が幕張車両センターまで寝過ごしてしまったY-30編成の配給は家庭の事情で行くことができなかったのが本当に悔しいので、もう残された配給のうち毎月1回は長野まで行こうかと思う。プンプン

 

混んでいないだろうという理由とただ単にさっきの写真を撮りたいからという理由で増1号車に乗車。クハではあるがお隣のモハからは多少なりとも走行音が聞こえてきていた。そういえばE217系の自動放送って無駄に音質がいいよね。来年も少しでも乗れたらいいな、そう思いながら錦糸町までの時間を過ごしていた。先述の新宿さざなみからは市川まで逃げるため、それはもう気合いの入った走りで楽しかった。また市川停車中に運転士さんと親子が記念撮影をしていたようで、なんか少しいいものを見た気がしなくもない。あの小さい子の記憶にE217系が残っていたらいいなと願っている。

 

錦糸町着。まだまだ乗っていたいがこの後の予定があるので流石にそうも行かない。また会えることを楽しみにして、後ろ髪を引かれる思いで下車。何もなく走り去る背中をただここで見送る。この記事が出てあと1か月もしたらこうしてE217系が本線上に出てくることも無くなるかと思うとやはり一抹の寂しさを覚える。

 

また会う日を楽しみに。そういえばこのY-37編成、元号が変わるギリギリ前に品川→佐倉で乗っていたんだっけ。船橋で降りたのかもしれないが。いずれ書くつもりである過去記事においてもまた登場することかと思うが、でもその頃にはきっとE217系はもういないだろう。しかし写真はタイムマシンみたいな側面もある。当時のまま保存できるからね。※こち亀の受け売り

 

錦糸町の留置線。出庫したさそうなE235系が被っていたことに気が付くのは現像していた時の話だった。こりゃ将来が心配だ。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 

思えばここの留置線、私が千葉を離れている間にあれよあれよとE217系が数を減らし、いつの間にかE235系ばかりになってしまったな。いずれそうなるとわかってはいたが、でも何だろう、本当にあっという間だったと思う。4年前、令和3年の1月にY-44編成が廃車第1号としてドナドナされるのを甲府で見送った時はまだまだあと何編成いるのよって舐めてた節はあった。今それをとても後悔している。

 

忘年会(京成電車愛好会)

JRに限らないが、そうならないように改めて日頃の記録を大切にしていきたい。E217系からは今までの沢山の素敵な思い出と共に、日常の記録の大切さを教えてもらったと思う。

 

まあ半年ぐらいしてから出す過去画記事でも貼っていると思うのでアレだけど、2次会でカラオケ行ってました。相方がうますぎて普通に私は玉砕しました(笑)。でもたまにカラオケ行くのって楽しいよね。

 

留置線には先ほどとは別のE217系が待機ちう。待機というかもう運用終わっている気がするけれど。いやー、改正後の基本付属共々2編成残留ってどういうことなんだろうな。組合資料にある会社側の回答としてE217系の使用予定がないということはそれだけ考えたらE217系全廃の可能性の方が高いけど、でも113系E217系で淘汰した時みたいにE235系統一に便乗してスピードアップをする可能性もある訳だし、逆に改正でそれに関して一切の告知がないのがまた気になるところ。それぞれを勘案するとE217系は予備車として残るものではないかと思いたい。でもまあ残したところでいつぞやのY-101みたいに荒れるのは望んでいないし、本当にどうなることやら。

 

はい、令和6年最後の寝過ごしでした。グロッキーだったので津田沼あたりで意識が飛んで、気が付いたらなんか外が騒がしいと思って、折返し津田沼行として発車していました。せっかく千葉行に乗ってこれだよ(笑)。クソが!果たして令和7年は何回寝過ごすのでしょうか。というか千葉駅って貫通やってない説もある?いや貫通の有無の以前に、寝過ごしているアンタが悪いんだって話なんだけどさ。不幸中の幸いで稲毛で降りて帰れただけよかった。

 

さて、そんなこんなで大晦日に仕事を納めて新年を迎えよう。その前に飯テロのつもりも悪気もないが、大晦日の食事の写真でも貼っておきたい。

12/31 昼

年内最終出勤の前に駅そばでたぬきそばをいただいた。朝飯がなんか足りなかったので、それならば手軽に食える駅そばでも食べたいと思って立ち寄ったのがこれ。年越しそばは食えなかったが、まあこれが年越しそばってことでいいのかね。駅そばがあるだけで出退勤前後にさっと美味しく栄養補給ができるのが助かるものだと思う。

 

年内全ての仕事を終えて、駅前の吉野家にレッツラゴー。大晦日の夜なんて大半の飲食店が営業していない中、こうして温かい飯をいただけただけでもう本当にありがたい。どのような畑であれ、盆暮れ正月も働いてくれている皆さんあっての世の中だと思う。この日のねぎ塩牛丼はいつもに増して美味しかった。

 

さて、帰りの電車の車内で年が明けた。25年生きてきて電車の車内で年を越すのは初めてだったが、まあそういう日があってもたまにはいいのだろう。ちなみに京成3012編成の車内で年を越しました。

 

一旦帰宅した後にシャワーを浴びて、髪を乾かす間もなく家を出る。まずは千葉駅に向かう。

年が変わってすぐに終夜運転。駅員さんや乗務員さんはじめ多数の部署のJR社員の方があってこその終夜運転であることを忘れずにいたい。まあ今年はこの千倉行には乗らなかったんだけどね。

 

私が乗っていくのはこちら、成田線経由の銚子行特急だ。深夜時間帯に12分差で成田線経由の銚子行特急が設定されているのも正月ならでは。先の改正でどさくさに紛れてしおさいの減車のみならず減便までした千葉支社らしくない(笑)。房総の魅力(笑)。いやマジで、銚子市民ももう少し声をあげてもいい気はするんだけどなあ。木更津・君津・富津・館山とは違って現時点では銚子までの道路事情は貧弱なのに、つまり高速バスへの勝ち目なんてやり方によってはいくらでもあるのに、なんかなあと思ってしまう。

 

これは総武線各駅停車が減便された世界線。違うよ。でもあの黄色い総武線の運転間隔なのがこれなのはやはり新鮮でいい。右上の運行情報に関しては京浜東北線有楽町での車内トラブルによるものとのこと(笑)。新年早々車内トラブル(笑)。

 

さて、いい時間ですからホームに降りていきましょう。そういや帰りに犬吠で割り込んできたオッサンに割り込み返したら自信のないちっせー声でなんか言ってきたもんで、「てめーが割り込んできたんでしょうが!」と言い返したらどっか行っちゃったのが印象的だった。ご冥福をお祈りいたします。

幕張の209系が快速運用に充当される貴重な瞬間。なんだっけ、EF64形1053号機の汽笛でヒス起こしてる気持ち悪いクソガキに言わせたら「209系2100番台が快速に充当される貴重なシーン!」みたいな感じか(笑)。ウケる(笑)。※その方もお亡くなりになりました。

 

房総特急自体が千葉支社の怠慢と高速バスの台頭のマッチングにより衰退の一途をたどる中、臨時とは言えこうして2連続かつ12分間隔で特急の発車標が出るのは新鮮だった。特に成田回りの特急に関しては平成27年3月改正における特急「あやめ」廃止後は臨時の特急「あやめ祭り」程度なので(成田エクスプレスはそもそもの性格が違うので除外)、なんかエモいなあと思った次第。房総特急復権の日が来てくれた方が都内での用事を済ませた帰りなんかは特に楽でいいんだけど(車で都内には行きたくない)、でもまあ肝心のJR千葉支社にやる気がない上に、それによって改悪が進んでその度に利用客が離れていくという悪循環で終わるのだろう。

 

なお犬吠初日の出1号・3号共に千葉から先の停車駅は佐倉と成田の2駅。佐倉はさておき成田線回り・成田駅停車にした理由についてだが、もしかしたら成田山参詣の需要を拾うことも視野に入れていたのかもしれない。実際にどうなのかはわからないが。

 

さて、冷たい風が頬を突き刺す中で待っていること十数分、最初のお目当てにして令和7年初撮影となる電車が近づく。ちなみに千葉駅に入場する前にセンシティの喫煙所でタバコを吸っていたが、寒いのはいいんだけど風が強すぎてロクに吸えなかった。クソが!

 

ファッ?!なかなか拝むことのできないE257系フル点灯ハイビーム!これはもう新年早々に運を使い果たしたという後ろ向きな解釈ではなく、一年の計は元旦にありというように、今年1年がとても幸せになるという暗示だと思っている。

9401M 臨時特急「犬吠初日の出」1号 OM-92

という訳で私なりの初詣(神社はまた後日空いている時に行きます)。新年1発目の撮影がE257系で、しかもフル点灯ハイビーム。こんなに嬉しいことはない。まあ眩しいってのはさておき、でもこれ以上かっこいいのもないので、何ら文句はない。本当に嬉しかった。

 

この編成はOM-92編成、0代だった時はM-107編成として活躍していた。その話はまた後程させていただくとして、今回は「特急」表示で運転されていた。まあ幕張の500代や500代から改造された2500代・5500代ならまだしもルーツを辿ったら松本車両センターにいた元0代である5000代に専用表示がある方がアレというのはさておき、別に嘘はついていないので個人的にはこれといって何も思わなかった。新年1発目の撮影がE257系5000代ってだけでもう嬉しすぎて脳みそヒャッハーだったしね。いやほんと。

 

という訳でOM-92編成による高尾始発の臨時特急「犬吠初日の出」1号は撮影だけで終了。何もなく走り去る背中をただここで見送るって訳だね。私は気長に待っているので、どうか5000代の波動用運用をE657系E353系等の余剰車で置換えた上でE257系5000代が房総特急のうち混雑便の運用を持ってほしい。

 

英語表記はお呼びではねえから(笑)。正直2000代もそうだけど、この無駄な英語表記は本当にいらない。あずさ・かいじ・ライナー等の0代の時の英字表記は許せるんだけど、回送・団体・特急等の当時は存在し得なかった英字表記は別にお呼びではないので…。とはいえ、英語をアメリカ語って言い出す学のない鉄にはならなくてよかったと思うけどね(笑)。確かにまあ日本人の大半はアメリカ英語(笑)しか話せないけど、そもそも普通に考えて英語の英はイギリスの英だろうという(笑)。その程度の知識で何故か英語のマウンティングをしてきたのもそういえばいたなあ…去年の6月末に縁切ってから死んだらしいけど(笑)。ご冥福をお祈りいたします。イギリスに留学してから出直すがいい(笑)

 

そんなOM-92編成がまだ0代だった時の写真。甲府駅上2に留置中の写真だ。恐らく撮影は平成30年夏、即上げくん(仮名)が転用第1号と騒ぎ立てていたかと思えば普通に0代として出場してきた編成で、この写真を撮った数日後から東大宮車両センターに常駐して各種波動輸送および臨時特急、またE257系0代定期運用終了前には数日間のみながら中央線特急運用にも充当されていた。懐かしいなあ。あれ撮ってた頃、おれまだ大学生だったのに。

 

こちらはそんなM-107編成のNN入場回送。これを以てこの塗装は見納め…にはならず、車内防犯カメラの設置工事のためだけに長野総合車両センターに回送されていたなんてこともあった。というか今になって思い出した(笑)。M-107最後の特急運用楽しかった!お疲れ様!お、おう…(笑)。そんな若造もいたなあ。いやまあそれ言ったらこれを撮った時の私だってまだ20代前半でギリギリフレッシュだったけどさ。

 

さて、時間軸を現在に戻そう。12分ほどで、今度は大宮からの犬吠初日の出号が到着する。私は千葉での撮影も兼ねてから行くつもりだったので、後発のこちらの指定券を予め確保していた。えきねっとでの事前予約で余裕で確保できていたにも関わらず、乗車時には満席。まあそれもそうだろう。それはこういう臨時列車に乗りたいだけの鉄オタもいれば、普通に初日の出を見に行きたいようなパンピーもいて、また私みたいにその両方を併せ持った上に本件撮影を初詣か何かと勘違いしているのもいる訳だもの。

9403M 臨時特急「犬吠初日の出」3号 OM-93

ここで5000代を撮るのがとても新鮮なことだ。いや10分前に撮ったでしょ(笑)。でも新鮮なんだよ。新年早々にOM-93の貫通側のLEDのご機嫌が斜めなのは気になるけれど。おそらくUターンラッシュの中央特急での運用は仕事の関係で撮れないので、そういう意味もこの時に撮っておいてよかったとは思う。流石に好きな電車ぐらいたまには撮りたいもの。あとできるなら乗りたいし。

 

差分。まあさっきの1号なんかもだけど、直前で前に来るガキって何食って育ってきたのかね(笑)。俺らが小中の頃にそんなことしたら怒られてたけどね。まあそれに関して新年の記事で書く方が気分悪いので割愛。別館の記事でも書いたが、案外千葉での降車が多かったのが意外だった。年越しライブか何かの帰りなんだろう。知らんけど。

 

さてさて、そんなことはどうでもいいから乗っていこう。新年初乗車がE257系の中でもこのブログが成長するきっかけとなった元0代なのは嬉しいことだ。今年もそのご利益にあやかって更にこのブログが成長してくれたら幸いだ。いや、だったら他力本願してないでって話なんだけどね。本音を言うなら、やはり好きな電車に新年早々に乗ることができるのはとても嬉しいことだった。

E257系は183系・189系の置換え用として誕生した訳だが、当時183系・189系によって運行されていた夜行快速等に充当することも視野に入れていたのか、元0代、500代と500代からの改造組の全てにおいて夜間の車内照明減光が可能になっている。他形式でもそのようなものがあるのかは気になるが、例えば昨年夏~秋に運行された臨時特急「アルプス」はじめ、E257系各代が入線可能な範囲内においては令和のムーンライト快速(特急格上げ)については運行できないこともないのではないだろうか。

 

この画像については後程

例えばだけど、自社線内ならかつてのムーンライトえちご、他社線への入線も加味するならムーンライトながら等のように。もっとも、私が平成30年に乗った上りの臨時ムーンライト信州においてはそもそも車内減光すらなく、ほとんど眠れなかった気もしなくはないが。

 

ちなみに話が脱線して申し訳ないんだけど、さっきとこの2枚はそんなE257系がムーンライト信州に充当された時の写真。0代、また改造後の2000代・5000代の夜行列車に乗るのは実にこの時以来のこととなった。懐かしいなあ。この時のM-110編成(現NA-08編成)に関しては本来は運用に就いていないはずだったのだけど、まあそれに関してはまたいつか。

 

気を取り直して、時間軸を令和7年に戻す。千葉から銚子は1時間半、新宿から甲府まで、または甲府から新宿まであずさ・かいじに乗っているのと大して変わらない所要時間だ。千葉発車後に成田統括センターの社員の方から銚子電鉄の運賃の電子決済に関するリーフレットをいただいたので、それを網棚に保管しながら飲酒開始。つってもまあ別館の記事を書いたところでって話だったんだけどね。

 

 

さて、思いの外記事が長くなってきてしまった。やはり好きな電車に関しては息をするように語りすぎてしまうのが私の悪い癖みたいだ。次回の新記事においては今回の後半・E257系犬吠初日の出号について今回書ききれなかった点を中心として、銚子での初日の出等の話も書かせていただきたいと思う。

 

撮影 令和6年12月28日・令和7年1月1日(E257系0代を除く)

執筆 令和7年1月4日

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