おはようございます。昨日ならびに一昨日の記事に続く記事です。
当時はまだ名古屋に住んでいたので、帰省を終えて名古屋に戻る道中の撮影となる。もう半年以上前の話(あくまでも書いている時点では、だが)だけど、覚えていることは書いていこうと思う。
まずは千葉線運用に入った3688編成。思いの外側面がうすうすくん。タイトルに過去画清算事業団と入れた記事の大半では3688編成が8連で赤青だったんだけど、既にファイヤーくんになって久しい。最後のその時まで、また撮れる時に撮りたい。これからもよろしく。
なお現行ダイヤにおいてB03運行は夕方に上野行として本線に脱走し、佐倉まで各駅停車で運転されたあと、折返し快速となる。つまりB03→07(2)→A31という運用順序。その先は知らん。4月から新京成さんが京成さんに吸収された後に、仮に元新京成車を京成本線に送込む必要がある場合、現行の津田沼の配線では新京成←→京成本線の行き来は多分無理(できないとは言ってない)。もし仮にやるのであれば、この辺の本線運用と繋がっている運用がヒントになるのかもしれないと思う。知らんけども。
そしてここで新情報(記事作成開始は7月だったので補足情報となる)。京成新3200形は来年・令和7年2月デビューとなります。つまり3688編成が今でも延命されていると仮定した場合、3688編成は来年2月で終わりの可能性が高いです。みんな、3688編成がいる現場に急げ!当ブログは3688編成を最後まで応援しております。
谷津~船橋競馬場の沿線撮影地に移動。特に狙いがあった訳ではないんだけど、戻るのが名残惜しいので居残りしていた。お盆でシャバに帰ってきたご先祖さまたちが帰りは牛(ナス)に乗ってお帰りになるノリ。違うけど。
結局そこから半年していつでも撮れる(いつでも撮れるとは言っていない)ようになったよ!やったね!
本日はお日柄もよく~。いや覚えていない。3500形の6両の組成(の真ん中2両)が未だに覚えられないんだけど、引退までには覚えたいところ。もっとも前の組成が脳にこびりついているので無理だと思うけど。3500形、下手をしたら後輩の3600形より新しく見えるというのが罠かもしれない。
更新と同時に機器更新もすればよかったのになと思ったけど、なぜ途中で更新を打ち切り、何なら結果として新しい車両から消えていったのかを考えたら勝手に納得してしまった。
この日は比較的3700形が来てくれていた印象。ありがとうございます。LEDの経年劣化により照度が落ちていて若干視認性に難はあるものの、特急成田空港表示が懐かしくも何の珍しさも感じられなくていいなあと思う。まだまだ3700形は使うと思われるので、できればそろそろLEDを変えてあげてください。
3000形もそこそこLEDが見にくい編成が増えている気もしなくはない…。3000形はその数の多さから色々なご意見を拝見する。急行灯が点いていた方がかっこいいのは事実だけど、点いていないなら点いていないで何と言っても見慣れ過ぎて特に違和感もなく脳死でアーカッコイイナ―ともなる。
そういえばこの時間に83Hがあるんだったね。600形が来たところで何も珍しくないし、もっと言ったら今こっちに来て珍しいと言えるのは金沢検車区所属の編成ぐらい。とはいえ昔から京成本線で見られた京急車は600形なので、これはこれで嬉しい。次回改正ではH台本線快速特急や特急にも期待したいと思います。別に種別だけなら押上線で見られるけど。
両端2両は言わずもがな3500形のトップナンバーで、今年12月に御年54歳を迎える。人間ならまだまだこれからという年齢だけど、デンシャなのでもう立派なおじいちゃんおばあちゃん。関東の私鉄でここまで長生きな車両も珍しいと思う。流石にやらないけど、紅葉マーク貼ったら案外似合いそうな気g(そこまでだ俗物
既に後継新3200形が日本車両で製造されているので、流石に御年60歳は無理なんだろうか。55歳は…いけそうだな。
ここでの最後の撮影は3001編成の特急。やはり見慣れた特急成田空港が(以下略)。今のダイヤになって個人的にはそこまで不便しないけど、でも大佐倉・酒々井・宗吾参道・公津の杜の利便性はどうするんだよとは思ってしまう。
特急じゃダメなんですか?(本線の無料種別の速さとしては)2位じゃダメなんですか?これは佐倉で接続を取る快速の運用の問題もあるだろうから難しいけど、まあでも次の改正で何かしらの改善があればと思う。
このまま京成線で日暮里に向かう。乗った快速は西馬込行だったので青砥で下車、つまり乗換えの時間で写真を増やすことができるね。
つっても少ししか撮ってないけど(今後の行路の都合上)。晴れた日に青砥で面縦をするとなんかビミョーなのは今に始まったことではない。知らんけど。
よかったね!さっき書いていたH特急だよ!高砂始発なんだけどねこれ。この87H運行は三崎口で折返してきた後に、その更に折返しは現行ダイヤでは唯一京成線内を快速特急として運転される列車になる。思えば押上線内のH快速特急の写真がなかなかない。悲しい。
AE30番台のスカイライナーなので、多分青砥に停車する便。内側の線路から来た列車が青砥で撮りにくいのはもう敢えて書くまい。スカイライナーに話を戻すと、上りスカイライナーに関しては青砥からの乗車は不可能で、そもそも発券できなかったはず。まあ、あの15分で乗る人はいないだろうしなあ。無札乗車は成田空港からアラスカのアンカレッジにぶっ飛ばしちゃいましょう。
日暮里で快速特急を降りて、駅前の喫煙所で一服した後に常磐線(上野東京ライン)で品川へ。東京では乗車予定の列車をぶち抜いた。新橋で降りて東海道線に乗換えた方が品川では圧倒的に楽になるんだけど、結局その列車は宇都宮線か高崎線での輸送障害の影響で遅れていた。なのでそうしていたら次の列車を新橋で見送ることになっていた。結果として品川で乗換えた私、ナイスゥ!
で、この列車に乗っていきます。当時は確か15号だった。東京12時発の。東京→熱海だと100㎞を超えるため特急券代が高くつくけど、ここ品川だったら撮ってそのまま乗れる上に熱海で降りても100㎞を超えないので色々とお得。24歳になったばかりだったし、同じ方向(同じとは言ってない)に向かう訳だし、乗りたいなあって思って乗りました。E257系も好きです。
東海道線ならではの車窓。海は広いな大きいな~~~(ビブラート)。雨男な私だけど。こんな綺麗な景色を見られてただただ嬉しかった。E257系からだからなお一層ってのもある。
これは熱海かな?E257系2000代から2500代を見るのもいいなあと思う。このまま伊豆急下田まで行ってしまいたいんだけど、まあそれは色々と無理なので我慢。
何歳になってもwktkする切離しを見て、後ろの2500代も見てから新幹線に乗ろうと思う。
ここから先は修善寺編成がJR東海区間になるので必ずフル点灯ハイビームを拝めるのが大変助かる。修善寺踊り子、東海さんもよく残してくれたよなあと思う。熱海~三島の短い区間だってのに。
熱海からはおとなしく新幹線。当時住んでいた天白だと、三河安城から車で帰った方が楽だったのかなあ。まあまず新幹線で酒を飲まないことなんてなかったから無理だけど。こだま号は基本的に空いていて、走りもキビキビとしていて、所要時間が長い分だけ作業も捗る。喫煙ルームが廃止された今でも、待避でサッとタバコを吸えるし。そういえば我が推しの松井玲奈先生も、何かの折に一番作業が捗るのは新幹線の車内だと言っていた。ヲタクは推しに似る。
さて、この日のハイライトはここ(新幹線の青の由来になった方のハイライトじゃないよ)。
新富士付近で見られる富士山。富士山が日によってあったりなかったりということはありえないが、天候によって見え方も変わる。この日は私の24歳初富士山で、とてもいいものを見られたと思っている。
富士山以外にも好きな山はあるけど、やはり新幹線で見るこの富士山が綺麗であればそれほど嬉しい時もない。この時期の富士山って綺麗なことが多くて、この4年ほど前に静岡から乗った時も綺麗だった。あの時はまだ700系が現役(ってか乗った)し、高校時代からの親友と乗れて楽しかったなあ。
というわけで、この記事のエンディングは綺麗な富士山とさせていただきます。山梨から見る富士山も静岡から見る富士山もとても綺麗だと思っています。