どうもです。今日も妄想名古屋行脚記事です。でも大して面白いことはないと思います。なんか自分でもつまらない予感しかしないですがね。
さて、こちらは令和3年1月の出来事。妄想の世界で名古屋に遊びに行ってきていました。妄想の世界の写真をブログにできる俺ってすげー!いいえ。甲府から静岡までは

373系に乗りました以前に逆さじゃねえか(笑)。バカが(笑)。これは最終のふじかわ号で、甲府18時半の列車。夜の名古屋に行くときはよく乗ったもんだなあ。

画像はイメージ(前々回の妄想名古屋行脚の際に浜松で撮影)だけど、静岡からはN700Aの「ひかり663号」で移動開始。接近なし。うん、確かに誰も俺に接近なんてしたくないだろう。ソーシャルディスタンスバンザーイ!何言ってんだこいつ…。
という訳で、いわゆるラージAに乗ります。あややとぅーやーびーあんびしゃーす。わが友よ~冒険者よ~。まさかAmbitious Japanがなくなるなんて思わなかったし、その命日と383系の後継たる385系の発表があの日になるなんて思いもしなかった。あの日?

車内販売ではホットコーヒーをいただいていた模様。え、マジで?逆に酒は飲んでいなかったんだろうか。大丈夫ですか?いや、逆に「酒を飲んでいない状況に」疑問を呈している今の私の方が「大丈夫ですか?」なんだよな。うん。

乗車したのは「ひかり663号」なので5号車も自由席。また乗車日は令和3年1月で、いわば絶賛コロナ禍(笑)。何なら緊急事態宣言中でした(笑)。あー緊急事態宣言中は人流が全くなくて最高だったわ!(笑)。この時に妄想の中で会っていた方もご家族も俺も、コロナのコの字すらご縁なかったからな(笑)。今は人間が多すぎて単純に邪魔だしその分バカも増えているので、コロナは流行らなくていいけれど、まぁでも人出は少なくなればいいのになと思う。
名駅着。
人が全然いないのねこれがwwww本当に最高だった。こういう時こそマスクで息苦しい時に顎マスクできて楽だったわ~。世の中の人間の半分ぐらいごっそり消えたらいいのにな(笑)。リクライニングを直すと死ぬ病気の奴らなんかまさにね(笑)。予めご冥福をお祈りいたします。早めのライト点灯と早めのご冥福で事故防止ヨシ!お、おう…。

マジで人いねえwwwwwwwwwwwwwww。草生やすな(笑)。金時計がこんだけ平和だなんてな(笑)。コロナは嫌だけどマジで最高だ(笑)。ほんとこの頃に戻って遊び歩いて遠征しまくりたい(笑)。

これは他の方からいただいたラブホでBVEをやるような、いわば脳みそが不自由な方のお写真。可哀想に。どうしたらこういう思考回路になるのでしょうか。世間ではこれを自問自答と言います。

アッ帰りは山梨交通さんの「名古屋ライナー甲府」でした。だって学割で3.8kだし名古屋→甲府で唯一乗換えもないし、駒ヶ岳サービスエリアでタバコも吸えるし、あと山交担当便だと基本的に時刻表より早く着くし、私さんの山梨交通さんへの信頼もあるし、好きだもの(共同運行のJR東海バスさんへの信頼もあります)。これに乗って甲府について大体21時ごろ、駅前でタバコを吸って酒を買って家に帰るのがデフォルトだったなあ。

そしてこの時に撮った名鉄の電車。という訳で、まだまだ字数も足りていないので、ここからはこの時の名鉄撮影から一部抜粋の上で写真を貼っていきますね。
1700系も撮ってたんだね。まだまだ新しい車両だっただけに、早々に廃車になってしまったのが惜しまれる。でも異形式との併結での日常使いにはやはり難があったのかね。
という訳でちょっと色々と調べてみました。鉄道ファンの待合室さまの記事がいちばんわかりやすく、また読みやすいなと思った。私さんは1700系に乗ったことがないからアレだけど、まあでも2200系とは上手くいっていなかったのだろうか。今となっては最早知る余地もない。そりゃまともなコミュニケーション取れない私さんには内部情報を教えてくれる「俺のダチ(鼻を膨らませて唾飛ばしてドヤ顔)」もいないからさ(笑)。
2200系特急。あのミュージックホーンはもう1年半聞いていないし、というか普通に名鉄車は好きなので、やはり名鉄車を撮りに行きたいなと思う。逝っちゃおうかな。あっその変換だと行先が違うので、逝っちゃわないでください。それはそれで山伏が喜ぶんだろうけどな(笑)。
3150系の急行。名鉄は名古屋を離れる前の日に島氏永と名鉄名古屋で撮って以来撮っていないので、年内にもう一度遊びに行けたらいいんだけどな。名鉄もだし近鉄もだし、JRも撮りたい。リニア鉄道館にも行きたい。夢と希望が広がリング。
3500系急行。これは更新車だね。名鉄の中で一番好きなのは何かと言われると私はやはり3500系だろうか。今月の頭に出した記事では3500系全34編成のまとめ記事を出したと思うけど、自分で言うなって話だけど妄想名古屋行脚期間と名古屋在住の計3年ほどで何とか34編成コンプリートできたのはよかった。
2230系の特急。元々は豊橋方が1700系だったアレだね。この編成が退役を迎える時、新造した特別車も一緒に退役なのかはたまた新しい一般車4両と新たな組成を組むのか、どうなることだろう。いやまだ1200系が現役なのでそれ当面先の事だと思います。
6800系の急行。金魚鉢というあだ名があるけれど、言われてみればというか、もはや私もこの顔が金魚鉢にしか見えない。下りはいい光線だったんだよな、この時。まあ17時半のバスで当時住んでいた甲府に帰らないといけないから、まあ撮影もそこまでしっかりできた訳ではなかったけど。この二ツ杁~西枇杷島で撮るとき、いつも須ケ口方面から来て二ツ杁で降りて、帰りは西枇杷島まで歩いていたのを思い出す。
最後に6000系の急行。これを撮った後に名駅に向かい、先述の山交バスで当時住んでいた甲府に帰りました。なんか今無性に名鉄を撮りたい。かといって計画中の仙台遠征を溶かしてまで行くのもなんかアレ(だってE2系くんちゃん(キモ)乗りたいもん)だけど、でも年内に名鉄撮影記での新記事をもう1本出せたらいいなと思う。
なお妄想・名古屋行脚シリーズだけど、今見たら未公開の記事でこれより前の奴もあった。やってもうた。歴史に残る記録を作ってしまった。そんなでもないと思う。果たして公開する日は来るのか…。






