ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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【引退3周年】E4系新幹線Maxとの思い出を少しだけ振り返る。友情出演:E2系新幹線。

こんばんは。今日でE4系Maxが定期運行を終了して3年となります。私の原点とも言えよう大好きなE4系Maxとの思い出を少しだけ振り返ってみることとしましょう。しかしまあ、1ちゃいの時に初めて乗った時の写真ってどこにあるんだろうか。

 

さっそく。

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こちらは令和3年9月の撮影。引退直前かよ(笑)。いきなりこれでは将来が心配になります。大丈夫でしょうか。だいじょばないかも。

 

次。同年冬の乗車編から少し。
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冬の青い空を見上げるのはE4系Maxの1階席からが一番だった。※既に飲酒ちうです。

確かに2階席にしかない魅力はあるんだけど、1階席にしかない魅力だってある。1階席からは景色が基本的にコンクリートの壁なので、ならばリクライニングをめいっぱい倒して青い空を見上げるのも悪くはないと思うんだ。知らんけど。


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当時ニューデイズで売っていた「北陸新幹線E7系カップ」を飲んでました。北陸新幹線とはいいつつ新潟のお酒だったと記憶しているけれど、まあとにかく美味しかった。思えばE4系Maxは当初平成28(2016)年を目途に引退すると報じられていて、平成11年生まれの私さんはそうなっていたら当然Maxで車内飲酒なんてできなかった(未成年飲酒はいけないので)。Maxが長生きした理由のいくつかは決して喜べたものではなかったものの、それでも私が成人するまで活躍してくれていたのは嬉しかった。


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同年別日の撮影。当時バイト終わりにその足で甲府駅に出向いて、甲府からは最終の高尾行+快速で上京。バスタ新宿から夜行バスで三条燕までワープし、ほぼ徹夜で撮りに行った時の写真だ。なおその後、Maxとき316号か何かで高崎に出て、そこからはローカルで甲府に戻り、帰宅してシャワーだけ浴びてまたバイトに出勤していた。今思えば本当にアホなことをしていたなあと我ながら少しばかり呆れるものの、微塵も後悔はしていない。


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浦佐スプリンクラーを狙っていたのだけど、結局Maxが来た時には止まっていた。どうしてもMax+スプリンクラーが撮りたくて、湯沢で居残りしていたら最後の最後でそれが叶った時の写真。ほぼ徹夜で撮りに行って本当によかったし、諦めなかった自分は正しかったんだと思った。というか、大学生って暇なんだなあ(笑)。この時から将来を心配していてほしかったですね。

 

とき301号 J58

というわけで、東京からの1番列車を迎撃。この時はまだE2系上越新幹線で大活躍ちうだったんだな。今では東北新幹線の一部なすの・数少ないやまびこ号でしか乗ることができないのがとても寂しい。また現在生き残っているJ編成は全て新青森開業に備えて増備されたJ70代=コンセント有、フルカラーLED仕様なので、1000代の原形とも言えよう編成は(J66だけは怪しいけれど)既に乗れない可能性が高いのが残念だ。本当に残念。

 

といいつつ、Maxを撮りに行くという建前ながら、こうしてちゃっかりE2系も回収できたのは嬉しかった。またどこかでも書いたかもしれないが、E2系1000代の大きな窓から見る新潟の景色も美しいものだったと思う。そうそう、私さん今年で25になるんだけど、今月の誕生日はE2系に乗りに行っちゃおうかな。仙台やまびこを上手く抑えられたらと思う。ちょっと計画を練るのを頑張ります←まず稼げよ無職ニート(笑)。ああ、本当に書いていて将来が心配だ。

 

303C Maxとき303号 P17

そして本命のMaxが来る前にスプリンクラーが止まるというね(笑)。当時の記事ではぼやいていたものの、今となっては何故か微塵も後悔していない。あと結局これより前に書いた通り、スプリンクラーは最後の最後で優勝してるしな(笑)。本当に撮っておいてよかったが、できればMaxの車内でこの記事を書きたかった。いやそれはちょっと無理がある気もするけど。

 

はじめまして。よくブログを拝見しています(嘘つけや(笑))。以前、浦佐駅E4系を撮影されていましたがシャッタースピードはどれくらいに設定しましたか。また、何ミリのレンズを使用しましたか。僕も参考にしたいのでよろしくお願いいたします。このパンハンドラー構文というネタももらったという(笑)。この記事より前に書いて明日以降公開する記事でも実はいじらせていただいている(笑)。浦佐以外でもMax撮影に関してかなりクレクレされたのを覚えているけど、スクショも多分全部は残っていなければ、当時私さんが使用していたTwitterアカウントも残っていないという(笑)。公開垢をブログ告知用だけにしてから、そういうクソリプ系がなくて楽だわ~。

 

305C Maxとき305号 P52+P11

続いてのMaxときは16両編成で到着。改めてみると、2階建て16両の新幹線ってすんげえな。しかも高速鉄道としては世界最大の1,634人が座れるというね。本当にすんげえ車両だった。この列車の輸送力は、時には客にも、時には現場にも、とても頼もしいものだったんじゃないかと思っている。

 

314C とき314号 J64

こちらも既に廃車になっている編成だけど、314Cで越後湯沢に移動。E2系にも乗れたし、超快適なE7系もいたあの頃の上越新幹線って楽しかったな。200系がいたら最高だったかも(笑)。E2系にも乗りたい。そして、冒頭に出てきたスプリンクラー優勝写真が湯沢での撮影となる。


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こちらはガーラ湯沢に向かっていくP81編成。そうだそうだ、ガーラ湯沢に行くときに1階席に乗っているとスプリンクラーで窓が大変なことになって面白かったなあ。これの撮影後、後続のMaxとき316号で高崎に抜けて、高崎からはローカルで帰った。本当は大好きなMaxだから東京まで乗りたかったんだけど、そこは流石に貧乏学生としても無茶はできないよねってことで。金もないのに遠征なんかして、将来が心配です(笑)。でもマジで微塵も後悔していない。本当にこの遠征は強行してよかったと思っている。


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そしてずっと撮りたかったMaxのスプリンクラー写真、正直浦佐スプリンクラーが止まった時にだいぶガッカリしていたんだけど、諦めずこうして待っていて本当によかった。またこの時の遠征では、10年以上前にはなるが、私が愛読していたブログを運営されていた憧れの方とたまたまご一緒させていただくこともできた。そんな素敵なご縁もMaxあってこそだったのかもしれないな。本当にこの遠征は楽しかった。金も体力も使ったけれど、ここまでアホな行程を組んでおいて全く悔いはないあたり、今までの遠征の中でも特にいいものだった。

 

1駅だが、P14編成のMaxとき316号に乗って帰ることとしよう。この列車は高崎で前に8両、「Maxたにがわ316号」を連結する列車。なぜ越後湯沢ではなく高崎だったのかは不明だけど、折返し「Maxとき・たにがわ321号」として運転され、その際は湯沢での切離しとなる運用が組まれていたのを今でも覚えている。

 

sk-n838f.hatenablog.jp

運用といえば、私の度々の訪問や新潟に2週間いた合宿免許の際の目撃等から、実はずっと運用表を持っていた。これをラストラン前に公開していたらそれはもういい数字が取れたんだろうけれど、パンハンドラーくんみたいなのに塩を送って荒れるのが嫌だったので、定期運行ラストラン当時の夕方に公開するというね(笑)。本当に性格が悪すぎて将来が心配です(笑)。

 

 

そんなP14編成もまあよくそこそこ遭遇したっけな。これは多分だけど新潟滞在期間での撮影。流石に毎日は撮りに行けなかったけど、ホテルから少し歩いて手軽に撮れたあの時間は夢のようだった。記事も長くなってきたので、今度は新潟滞在期間の思い出も気が向いたときに出したいと思う。

 

この記事がもし皆さんがMaxに想いを馳せるトリガーになっていたら、ちょっと嬉しいかも。ああでも、わざわざ頼んですらいないご自慢の写真(笑)をいちいち送ってくる横取り10万円くんとかイキリ流しマウンティング小僧とかは別にいらないです。さようなら(笑)。

ではまた次回。そうだな、授業で間に合わなかった上にマウンティング小僧にマウンティングされた(笑)P82編成最後の自走(廃車回送)の日に合わせて、新潟滞在期間の思い出もいくつかかいつまんで記事を出そうかな。あ、次回(明日)更新の記事自体は全くMaxに関係ない記事です。

 

 

 

 

余談

この記事の公開は20時21分。私が3年前の今日乗った、私の最後のE4系乗車となった「Maxとき348号」(高崎で前に8両連結)が新潟を発車する時刻*1。でも今のそれにあたる「とき344号」は上越新幹線の高速化を受けて、だいぶ発車が遅くなっていた。348号自体が消えてしまったのが寂しい一方で、たかだか240→275km/hへの微々たるスピードアップがそこまでできていたとは…。E7系「とき」「たにがわ」も久しぶりに乗ってみたいものだ。

*1:なおラストラン当当日は数分遅れて発車していました

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