本日で東海道新幹線が開業60周年を迎えました。まずは心からお慶び申し上げると共に、今後の末永い安全な活躍を心より祈念いたします。
で、せっかくだから何か記念記事を書こうと思ったんですけど、なんかこういい感じのが思い浮かばないんです(撮り鉄の割にあんま撮りに行く機会がなかったのもあって)。であれば、当時の記事から漏れているより深い話も併せて、4年半前に乗り納めをした「700系」新幹線の乗り納め旅行の話を振り返っていこうと思います。
令和2年2月26日
世間では新型コロナウイルスがどうこうあれそれだったあの日。私は2月3月と暇な大学生代表でバイトに明け暮れていたのだが、高校時代の親友と「700系の乗り納めでもしたいね」という話になり、だったらお互い都合のあうこの日の臨時のぞみ号に乗っちゃおう!ということになった。では甲府から新宿に特攻だ。当時の記事を見ると7連勤と4連勤の合間だったらしいが、まあそりゃ暇な大学生の春休みだからいいんじゃない。現金は全てを解決する。

という訳で、記事を書きつつ車内販売で明るい時間帯から酒を飲みながら新宿を目指す。この辺に関してはそこまで関係ないので割愛。
新宿では親友と落ち合って、みどりの窓口で2人分の乗車券を発行。経路としては都区内→岡山、岡山→都区内という往復乗車券だったと記憶している。あの時の新宿の駅員さんにはご迷惑をおかけしたが、嫌な顔ひとつなさらずにご対応くださったのを覚えている。その節はありがとうございました。
東京からは新大阪行の「のぞみ397号」に乗車。傾ければスナップ(笑)。もう少しマトモに撮っておきなさいよ。
なんかもう既に700系懐かしいな。ほんと爆速で姿を消していったよなあ。いつ公開するかは知らないが、でもリニア鉄道館訪問時の記事も実は完成している(ただし過去画なのでそんなすぐの公開ではないんですが)ので、その時にもまた700系の思い出話をできたらいいなと思う。
結局ラストランは3月8日にならなかったが、あの時点でのあの判断はまあ致し方のない正解だったのだろう。
そんなのはどうでもよくて、でも今日の記事の本題である「東海道新幹線60周年」の歴史において、700系なくして今の東海道新幹線はなかった。それは間違いなく言えると思う。いやまあ、それ別に700系に限った話ではないんだけど。特に末期がそうだが、700系は運用が決まっていたのに対して今の東海道新幹線はそういう訳にも行かない。だから例えばN700系2000代(スモールA)でこういう乗り納めをするとなると難しいんだよなあ。

さっそく車内へ。ラストランまで数日なのにこんだけがら空き(笑)。いやまあそれはまあ15号車・喫煙席ですので…ね。思えば700系はタバコを吸うようになってから15号車ばっっっっっかりだったなあ。空いてるし席で吸えるし。そう、席でタバコを吸えるのってのがよかったんだよ。コンセントもWi-FiもないからPC作業には不向きなんだけどね。でも私さんだったら700系のうち初期の数編成を除いた最前席を狙って電源だけ確保して、酒飲んでタバコ吸って好き放題しながらブログを書いていたと思う。ああ、名古屋に住むなら700系がいるうちがよかった。
そうそう、いつだったか普通に席で吸ってたら「なんで席で吸ってるの?」なんて言われたこともあった(笑)。アホが(笑)。席で吸える車両もあったって、オマエ俺より長く生きてんだから知ってんだろ(笑)。そんな時代もあったねと。

推しの生写真も持参するスタイル。一番左の山本杏奈さんのものに関しては本人直筆を引き当てるというディスティニーっぷり。アレだろ、こういうことを書くと「写真撮った後に1人虚しく酒飲むんだろ?恥ずかしくないのかね」ってな(笑)。はい。借金を踏み倒すやつに将来を心配されるレベルで(笑)人生が恥ずかしい上に推しが好きなことを恥と思ったことがないです(笑)。ただし当時は親友と一緒の乗車でしたので、独り虚しくはなかったです。楽しいお酒でした〜(笑)。でも瀧脇笙古さんの生写真が当時なかったのが悔しいです。あっはい(笑)。BPMダダ下がり。
…こんなことを""シラフで""書いてるアホのあるふぉさんは推しメン大好きです。今日も明日も君ばかりだ。影からずっと応援してる。

はい喫煙。合法ですから。新幹線というか電車の座席でタバコを吸えたのがもう最高だった。なお今回喫煙しているのは前の写真の左上にあった「ハイライト」というタバコ。当時はまだその右にある1㎜のKENTを吸っていた私があえて重いこのハイライトを選んだ理由は、東海道新幹線の青の由来がハイライトの青だったから。700系へのせめてもの手向けという意味合いもある。でも当時はハイライトってだいぶ重かったな(笑)。
あーあれか、また「育ちの悪い」面が出てしまったか(笑)。美味しそうに音を立てて飯を食う奴にそう言われたので明日自殺してきますん。

車内販売ではピスタチオのアイスを購入。普通に美味しかったのを覚えている。700系の車内だからってのを差し引いても、やっぱシンカンセンスゴクカタイアイスって最高だね。ピスタチオでアルペジオ。あっそ(笑)。当時の俺がそうツイートしたのを覚えている。
キモヲタ君たちはパロディしないと生きていけないんですか?キモいですね!そのご意見は否定しないけれど、高崎支社に落とされたアンタ(笑)が現業気取りで子会社(サンフランシスコ)で勤務して、なおかつ親会社であるJR東日本の偉い人にSNSの使い方について怒られているのもだいぶ面白い(笑)。まあ親会社のこともTwitter(自称X)でバカにして中傷していたし、それ以外でもイコラブ運営に訴訟されるかどうかの瀬戸際まで行ったんだもんな(笑)。インター☆ネッツはこういうアホを発見するのに最適って訳だ。
そんなこんなで列車は新大阪に到着。終着の新大阪到着前のAmbitious Japanが切なく重く私の耳に響いたのは気のせいではなかったと思う。あのこもった音質のチャイムと放送、もう本当に聞けないんだなって。キモヲタ君たちはブログ書かないと生きていけないんですか?キモいですね!あっはい(笑)。ロサンゼルス駅の旅行センターにソイツのツイート印刷して貼りたいな、別に器物損壊を回避したらこれといった罪にはならないし。ロサンゼルス発の夜行列車降りた時から~。
で、新大阪到着前のryが切なくて、なんだか眼精疲労からか目が霞んだのを覚えている。若年性の老眼だったのかもしれない。乗り納めのつもりで700系に乗りに行ったとはいえ、でももう本当に乗れないんだなって思うと、考えただけで切なくなった。いや当時酔ってたからそこまで覚えてないけど。
なお車内販売では700系記念グッズを購入(クリアファイル等)。写真は間に合えば後ほど。N700系もN700Sも車内販売で自身の記念グッズを売ってもらえないんだなぁ。

新大阪に到着。新大阪到着前のAmbitious Japanは何故かとても切なく重く響いて(それ何回書くんだYO チェケラ)、それは私さんの涙腺に特攻するのに十二分だった。まあ確かにその引退前の惜別乗車だからって言われるとそれはそうなんだろうけれど、でもなんというかね。なんかあの時のアレは特別だった。それだけ700系との最後の思い出として一生覚えておきたいってことなのかね。

新大阪で東京方先頭車のアレを撮影。ありがとう700系、その気持ちは変わらない。本当に楽しかったし、私自身、ヤニカスとして700系車内でタバコを吸うことができてよかった。いずれN700系等にも似たような装飾がなされるのだろうか、まあ東海さんはやってくれるとは思いつつ、でもまだその日のことはあまり考えたくない。お別れはまだ取っておいてくれよ。
道中お世話になった車掌さんへのご挨拶も済ませて下車。これでもう、700系に乗ることはない(ないとは言ってない)。でも結局JR西日本さんの波動用として残るかと思われた700Bだって全車廃車ぢゃん。ぐすん。ぅちまぢむり。
…いやあの鉄道会社にも事情ってあるんですが…。まぢいい迷惑。※新大阪ではレールスターに乗り継いでいます。その記事もまたいつか。

改めて、700系には本当にありがとう。この時のみならず、人生初東海道新幹線もそうだし、修学旅行や卒業旅行もそうだし、それ以外も、本当にお世話になりました。ま、中学の同期はみんな死んじゃったので(笑)修学旅行にも大した思い出はないんだけどね。とはいえ当時の写真データ(もう10年前ですよ)ほど貴重なものもないので、そこは発掘できたら写真の質にもよりつつ記事にしたいと思う。

生まれた年が一緒ってのもあるだろうけれど、やはり700系こそ東海道新幹線のぞみって感じがする。というか、死んじゃった中学の同期の奴らは700系初期車より長生きできたなかったのか。ロサンゼルス旅行センターのアイツと共にご冥福をお祈りいたします。
あと700系、できれば10,15,16号車だけでいいので復活してほしいです。喫煙車に乗りたいだけという日本語訳が最適な文章でしたね。

こちらこそ、本当にありがとう。700系のおかげで東海道新幹線の魅力にも気が付くことができて、何なら700系のおかげで今の自分がいると言っても過言ではない。本当にありがとう。そして今日迎えた「東海道新幹線開業60周年」にあたって、今日ここまでの歴史には700系がいなかったら絶対的に達成できなかった部分があるのはまず間違いない。

私の人生にかかせない存在になるとは思ってもみなかった東海道新幹線だけど、でもこうして沢山の思い出があって、また700系のお世話になることができて、そして1匹の鉄オタとして東海道新幹線60周年をお祝い出来て本当によかったと思う。まあ、どうせなら新幹線ヘビーユーザー時代にも700系がいてくれたらよかったんだけどね。
なお東海道新幹線のお世話になった名古屋行脚(妄想)であったり、名古屋在住自体の帰省日記であったり、その辺に関しては他にも記事をいずれ公開予定です(一部は公開済)。続きはWESTERアプリでお読みいただけません。うん、流石にムリだわ(笑)。とはいえ東海道新幹線との思い出を語る記事もこれからまだまだ出せると思っている。そこでまた色々と今回出せなかったエピソードなんかも出していきたい。
以上、東海道新幹線60周年記念ということで、700系乗り納めの旅を4年半の時を経てリメイクさせていただいた。
当時の記事を見ると個人的に懐かしいと思いつつ、700系との思い出は消えないし、改めて東海道新幹線の60周年ってのはおめでたいことだと思う。これからの益々の発展を心からお祈りすると共に、名古屋行脚(妄想)と名古屋市民時代にお世話になった思い出は一生モノだとも思う。本当にありがとうございました。
この記事はこれにて終了です。気合が足りていたら、この数か月前、新大阪→東京でイコラブちゃんの握手会帰りに700系臨時のぞみに乗ったエピソードも夕方までに出したいと思います。それでは、お別れのBGMは山下達郎さん「クリスマスイブ」で。

