今日の9時に公開した記事があんまりにも貧相だったので、もう1本書き溜めていた記事を公開します。
さて、私さんが名古屋を離れてンか月となります。本当であればもっと撮りたかったJR東海中央線のうち、既に引退してしまった神領所属の211系の中から記録が確認できる編成の写真だけでも振返って、供養に代えていきたいと思います。
なお詳細なことまでは知らないことも多いので、脳内知識以外は個人的な思い出を交えての記事となります。せいぜい撮影地の参考程度にしかならないと思うので、予めご了承の上でお読み進めくださいますようお願いいたします。
K1編成

さて、JR東海の211系5000代は大げさに言えば東海さん独自設計のようなものでした。全車がJR東海発足後の製造(つまり、これを国鉄型というのは大きな間違いのようです)で、また投入線区での事情も加味した結果、ロングシートで製造されています。5000代自体は静岡地区にも導入されましたが、今回は名古屋地区・令和4年時点で神領車両区に所属していた車両の写真を中心に取り上げてまいります。結局手抜きですかい。そんなオチだと思った。あーはいはい(笑)。
K2編成

こちらは古虎渓での撮影。レンズの汚れは心の汚れ。たまたま出身校(大学)に用があって甲府を訪れ、甲府で飲んで、終電で帰ろうとしたらあずさが止まって塩尻で足止めされたため、その帰りにローカルで帰りながら撮影。そういう日もあるよね。結果として光芒が汚いとはいえ、写真が増やせたのでまあいいでしょう。
K3編成

これもK2同様に古虎渓での撮影。JR東海の在来線車両も私さんの東海好きも相まって好きなんだけど、今の西線(中津川以西)に関しては特急と貨物を除くと315しかいないのが…ね。いやアレもかっこいいんだけどさ。何よりも名古屋~高蔵寺等の混雑区間で313系だけの列車なんか来た日にはもう。ただでさえ混んでるのに。
K5編成

もっとも、315系導入に際して全列車を8連にした代わりにラッシュ時の増発をしたあたりはさすが東海さんだと思う。それまでの日中4連だか6連だかが消えたのも高評価。混雑の平準化の建前で仕事を減らしたいからって遠近分離の原理すら捨てたどっかの支社とは大違い(笑)。
まあそういう東海さんも、社員の有給へのお考えとか、「余裕を持った座席数の提供をお約束する」なんて言いながらコロナ禍ののぞみへのお考えとか、そういうアレはアレだったけどね。とはいえこの記事は東海さんを叩くためのものではないし、トータルでは東海さん信者なんで、そこは割愛。
K7編成

やーい撮ってねえじゃんか!だからお前の将来が心配なんだよ!あ、はい。私はこれからも無職キモータヒッキーなのでよろしくお願いします(爆笑)。
たぶん何かの時に乗ったんだろうと思われる写真。ロングシートとはいえ、実際名古屋エリアの混雑に鑑みたら、中央西線の列車はロングシートの方がいい。ボックスシートなり転換クロスシートなりそれらじゃなくて困るのなんて、せいぜい中津川から乗り通す時ぐらいだったもの。ラッシュ時の313系は正直あまり嬉しくなかった。
K9編成

デビューしたての315系との離合。313系8500代が315系との入れ替わりとして爆速で消えてしまった挙句に313系自体も早々と転属または関西線専属になってしまったのが(ファンとしては)残念だった記憶がある。もっとも、いくら名古屋に限らず愛知県が車社会とはいえ、愛知県内の通勤電車への転換クロスシートはダメだったと思うけど。空いてる時ならいいけどさ。ほら私の元バイト先のしょーもねーツラ下げた一部の皆さん!千葉の田舎モノもそう言ってますよ!(笑)。急に叩き始めんなよ(笑)。名古屋走りは合法でそれへの文句で怒られだから笑っちゃう。まあもうまともじゃないのは皆死んでるからいいけど。田舎の何が悪いのかわからないけど、千葉をバカにするなら二度とディズニーに来るな(笑)。アイツらは大半のまともな愛知県人に失礼(笑)。無賃で居候するのと一緒。
K14編成

これもまた古虎渓での撮影。この頃もいろいろあったなあ。古虎渓にこれといった思い出こそないけど、名古屋~多治見に限れば特急しなのが特に飛ばす区間でもあった。思えば1年半ほどしなのに乗れていないまま名古屋を離れてしまった。383系しなの号に関しては色々な思い出があり、その中には笑いも涙も怒りもあった。振り向くだけでいつでも帰れるって訳ではないが、それでもその清濁を併せ飲んでも大好きな特急だ。一度だけ乗り通した(なお寝落ちしていた)ものの、既に後継車両についても発表されている以上、乗車も撮影ももう少し頑張っておくべきだった。あーあ、どうせ大したことにもならないんだから、バイトよりもう少し鉄をしておくべきだった。脳内BGM:moment
K15編成

これは大学院進学の少し前にあった研修の帰りに撮っていた気がする。知らんけど。令和4年2月の撮影だったか。結局、獣医学部でいうオーバードクターの身分に嫌気がさしていたので今の自分の転落人生(笑)があるわけだけど(笑)、まあでも家賃が浮いただけいいか。いつかきっと何とかなる!でも貸し倒れの金はどうにもならない(笑)。
K17編成

あ、JR東海は運転中の減光ダメだから!、あはい。
この列車ではないと思うんだけど、なんかこの時のどっかの列車で運転士さんが減光してくださった記憶がある。そうではないかもしれない。すみません。ダメなんだったね(笑)。

余談ながら、結局最後に乗った中央西線211系はコイツだったはず。勝川から鶴舞の数分間だったけど、そもそも当時はもういないもんだと思っていたので逆にびっくりしたぐらいだった(令和5年10月)。この数日後に西線というか神領車両区から完全に211系はいなくなってしまった。そりゃ天白に住んでいたらって話でもあるけど、なんかあっけない最後だったというか、しっかりお別れができんかったなあという印象だ。
え、なんでこの時に乗ったかって?バイトだったんです。その時によくしてくださった副店長と社員さん方と仲良くしてくれたバイトの先輩方以外は全員死んでいるのでどうでもいいです(笑)。せいぜいこれからも他人に仕事を押し付けていればいい。でもお世話になった方々への感謝の念はありますよ。
K18編成

これは名古屋で不愉快な思いをするなんて知る由もない、平成31年初における中津川での連結シーン。だから何回も書くけど、名古屋の人全員が悪いのではない。
で、今となっては211系と313系の連結ってせいぜい静岡ぐらい?それは正直どうでもいいんだけど、211系の快速幕がとてもかっこいいと思う。ちゃんと撮っておけばよかった。
K19編成

なんて言ってたら快速幕ですね。また古虎渓での撮影。特にコメントはナシ。でも、叶うのであれば、もう少し東海の211系も撮っておきたかった。今では315系しかいないけど、結局オーバードクターみたいなのがアレになって(そもそも人生ゲームオーバーなのはオフレコでオネシャス)千葉に帰る道を選ぶんであれば、315系も撮っておくべきだった。
K102編成

ここからはK100番台の編成。K0は4両編成で、K100は3両編成だったね。4両・6両・8両・10両と柔軟かつ色とりどりの編成構成が魅力的なイメージだったけど、そもそも私が名古屋市民になってから3週間ぐらいで全部8両になってましたわ。
0代と5000代では顔面も含めていろいろと違うとはいえ、211系の湘南色ってだけでも撮っておけてよかったと思いたい。
K112編成

名駅での撮影。確かこれは後ろを高蔵寺で切り離すんだっけか。もう記憶が曖昧でダメだ。私が主に撮ってきたJR東日本長野総合車両センター所属の211系各代とは違い、東海の5000代は前面に行先が出るのが特徴で、個人的には種別幕しか出ないより美味しかった。あと、それを差っ引いても普通にかっこいい。
結局神領の車両は全て解体だと思うけど、静岡の車両の一部は既に三岐鉄道への譲渡が報じられている。その他の編成や213系・311系等も、地方私鉄等での新たな活躍の場があればいいなと思う。
K115編成

なんでこれしかないんだよ。いやアンタの技量のせいでしょうが。車番に5001とあるように、実は5000代のトップナンバーみたいですね。なお5000代のうち、静岡の車両との組換え等に関しては把握していないので、そこらへんは割愛します。サーセン。
…以上です(蹴
もう少し写真があったかと思うんだけどなあ。
というわけで、HDDで未分類だったと思われる写真を数点。
K15だからもう他の写真も貼っているじゃないか(呆)。個人的には隣の313系の区かなく速大垣行が気になる。そんなのあったんだ。
K16の土岐市行。傾いてますね。もういいよ。
~完~
だとあんまりなので、最後にスマホに残っていた写真だけでも。主に甲府~名古屋の移動に際して妄想の世界で撮った写真となります。
スマホ編(乗車編)

令和3年1月の撮影。改札外にある喫茶店での1枚。しなの号を待つ間の撮影。ああやって定期的に中距離移動があったにもかかわらずコロナにならなくてよかった。だからお前はコロナにも嫌われてるんだってば(笑)。

多分その前の日の撮影だと思うけど、中央西線中津川までは211系3連長野車の運用がある(夜に中津川に到着し、停泊の後に翌日朝の列車で東日本管内へ戻る運用)。

なおその時に乗っていたのはこの313系8500代でした()。両日ともにそうだったと思う。
次。

こちらも中津川での写真。中津川だよーん(アル中カラカラ)。撮影は令和3年4月で、やはり名古屋に向かう時の撮影。そういえば中津川は途中下車すれば駅前に喫煙所があって、助かった思い出がある。

でも多分、左側(名古屋方)の313系に乗った気がしなくもない。中津川から乗り通すとなると、211系や315系のロングシートよりも313系の転換クロスシートの方が快適だったのは事実。

こうして中津川では東日本と東海の両211系が並ぶ光景が日常的に見られていた。確か一昨年ぐらいの記事で「JR東日本vsJR東海 211系全廃RTA」みたいなことを書いていたと思うんだけど、結局それはJR東海が先になりそう。何なら手前の3000代は延命工事までするらしいですからね。

同年7月の撮影。211系の快速中津川行で、特急しなの11号(当時はよく11号に乗っていました)の24分後の発車。中津川まで特急に抜かれないので、これに乗って特急券を浮かす作戦(という建前で、ただ単にしなのに間に合わんかった)のではないかと思われる。もうそんな昔のことしっかり覚えてないよ。

なお、今回も恐らく313系側にry

その日の撮影と思われる(中津川でタバコを吸った後に撮影)。4両の快速か…逆に315系導入までよくこんなものを走らせていたなあと我に返った。

別なときに撮影したと思われる211系。これは多治見から乗ったんだっけか。こうして振り返ると、本当に案外よく乗ったり撮ったりしていたもんだなと思う。お世話になりました。

同年11月の撮影。この時は熱田神宮訪問の帰りだったのは覚えている。帰りは山梨交通「名古屋ライナー甲府」を使っていた。なんだかんだで甲府~名古屋の移動は高速バスか自家用車が一番だったようにも思えなくはない(値段的に)。頑張れば3時間台で着くし。

そして最後に特急しなの11号から撮影。いずれ383系も後継の385系に置換えられるのだろう、その時までにもう少し乗車しておきたい。あと写真を増やさなくては。
終わりに
もっと撮っておけばよかったうわああああああああん。とはいえ、何故かこのブログで書く中京圏記事はあまり見てくださる方が多くない(そもそも向こうでの鉄の回数自体が少なさ過ぎた)んでアレですけど…。なんかでも懐かしいですね、僕が甲府から名古屋に通っていた(という妄想の世界での話ですが)頃は西線ローカルは313系や211系ですから。名古屋~塩尻の自由席特急券代よりも多治見or中津川~塩尻の指定席特急券の方が安かったり、そもそも普通にローカル縛りで甲府に帰ったこともあったりと、お世話になったのになあと後悔ばかりです。
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